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ひとこと小説「返却期限」

「借りたのは、本じゃなくて、未来でした」

ある日、図書館の奥の棚で、私は一冊の古びた本を見つけた。
タイトルもなく、貸出カードにはこう書かれていた。

“2040年5月5日返却”

「え、これ……未来の返却日?」
思わずそうつぶやいたとき、背後から声がした。

「その本、僕のです」📖

振り返ると、彼がいた。
黒いパーカーに身を包んだ、少し影のある青年。
どこかで見たような気がする顔だった。

「カナメって言います」

彼は静かに名乗った。
そして、こう続けた。

「信じられないと思うけど、僕は未来から来ました」

私は思わず笑ってしまった。
「本気で言ってるの?」と冗談半分に返したけれど、彼は静かにうなずくだけだった。

それから、カナメは何度も図書館に来るようになった。
調べものをしたり、ただ黙って本を読んだり。
気がつけば、私も彼と言葉を交わすようになっていた。

週に何度か、いつの間にか“待ち合わせ”のような時間ができていた📘☕

彼が話す未来の出来事――
「来週、この本に載ってる会社、買収されるかもね」
「この通り、天気崩れるよ。傘、持ってる?」

最初は偶然だと思っていた。
でも、その“偶然”があまりにも続くうちに、私は彼の言葉を信じざるを得なくなっていた。

ある日、私は聞いた。

「なんで私だったの?」

カナメは少し照れたように笑ったあと、こう答えた。

「未来の図書館でね、過去の記録映像を見たんだ。
この図書館で、本に夢中になってる君の姿を」

「それが……すごく綺麗で。目が離せなかった」

「君の指がページをめくるその時間だけ、未来の無機質な世界が温かく見えたんだ」📚

「君に会いたくなった。それだけの理由で、時間を越えてきた」

私は胸の奥がぎゅっとなった。
彼の視線はまっすぐで、どこか懐かしさを感じさせた。

でも、カナメの時間には限りがあった。

「もうすぐ返却期限なんだ」

私はその意味がすぐにはわからなかった。
けれど、それは彼が未来に帰らなければならない時が来た、ということだった。

最後の日、カナメは一冊の本を私に差し出した。

「本当は、この本も未来に返さなきゃいけないんだけど――」
「君との時間が詰まってるから、未来には持ち帰れない」
「だから……このまま、君に預けさせて」📖

私は黙ってうなずいた。
彼はそっと私の手を握った。

「読み終えたら、きっとまた会える。
それが、この本の“本当の返却期限”だから」🕊️

彼が姿を消したあと、本の中に文字が浮かんでいた。

『未来の図書館より貸出記録:水野ユイ様』

その下には、こう記されていた。

『返却期限:あなたが彼に再び会う日』

――数年後。
私は図書館司書になっていた。
ある午後、一冊の本がカウンターに差し出された。

「返却に来ました」

顔を上げると、そこにカナメが立っていた。

彼が差し出したのは、私が預かったあの本ではなかった。
それは、まっさらな表紙に、何も書かれていない新しい本だった。

「今度は、君と一緒にこの物語を書いていきたい」

私は微笑んで、その本を受け取った。

ふと、カウンターの奥に目をやる。
そこには今も変わらず置かれている一冊の古びた本――
『返却期限:あなたが彼に再び会う日』と記された、あの本。

私は静かに思った。
きっとあの本は、未来から来た“想い”を閉じ込めたタイムカプセル。
そして今日という日は、そのカプセルが開いた日だった。

物語の最初のページを、ふたりでめくる準備ができていた。💫

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