
「時を超える一文字」
引き出しの奥に眠っていた手紙。
それは、昔の恋人からの最後の便りだった。
薄茶色に変わった封筒からは、微かに甘い香りが漂う。あの日と同じ、柔らかな香水の匂いだ。
「元気でね」と一行だけ書かれたその手紙。
言葉少なに込められた想いが、今になって胸を打つ。
あれから十年、彼のことは忘れたつもりだった。
けれど、この香りが記憶の扉を開ける。
二人で過ごした穏やかな日々、笑顔、そして涙。
ふと、封筒の裏に気づく。
薄く浮かぶ文字がそこにあった。
「またどこかで会えるといいね」。
涙が頬を伝う。
過去は戻らない。
それでも、心に刻まれた想いは消えない。
その手紙を握り締め、そっと窓を開けた。
春風が舞い込み、香りと記憶を連れてまた新しい未来を運んできたようだった。
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