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ひとこと小説「君の忘れ物」

届いたのは、あの日の後悔と赦し🌸

彼女が引っ越したのは、春の終わりだった。

大学の合格が決まったその日、僕らは初めて手を繋いだ。
「忘れ物、しないでね」
そう言って笑った彼女に、何か返したかったけど、言葉が出てこなかった。

でも僕は、その頃、自分の気持ちにちゃんと向き合っていなかった。

彼女のことが大切だって、わかっていたはずなのに。
なのに僕は、別の女性と曖昧な関係を持ってしまった。
本気じゃなかったなんて、言い訳にもならない。

彼女には何も言わなかった。
だけど、彼女のまっすぐな目を見るたびに、胸が痛んだ。
何も知らずに僕を信じてくれるその優しさが、つらかった。

そして彼女が引っ越した日。
「じゃあね。またね」
そう言って手を振った彼女に、僕は笑って返すことしかできなかった。

僕は、連絡を絶った📵
本当は、彼女の新しい住所も、電話番号も知っていたのに。
謝る資格も、声をかける勇気もなかった。

あれから一年。

季節は巡って、桜がまた咲いた。
今日は彼女の誕生日。
何度もスマホを握っては、ただ黙ってしまう。

そんな朝、郵便受けに一通の手紙が届いた📬

宛名は僕の名前。
差出人はなかった。
中には、一枚の写真と、短いメッセージが入っていた。

「あなたの忘れ物、届けに来たよ」

写真の中には、僕が貸したままだったマフラーを手にした彼女。
場所は、地元の公園だった。
ベンチの横で、少しだけ笑っていた。

僕は走った。
必死でその場所へ向かった。

そこに、彼女はいた。
変わらない笑顔で、ほんの少しだけ、あの頃より大人びた雰囲気をまとっていた。

「……来てくれると思ってた」

彼女のその言葉に、僕は何も言えなかった。
喉の奥が熱くて、何かをこらえるのに必死だった。

彼女は、そっとマフラーを差し出した。
「はい、忘れ物」

その中には、小さく折られたメモも添えられていた。

──「私の気持ちも、ずっとここに置いていったままだった」

涙が止まらなかった。

「ごめん……本当に、ごめん」
やっと、それだけが言えた。

彼女はうなずいて、ふっと目を伏せた。
そして、ぽつりと一言。
「うん。……それ、やっと聞けた」

春の風がふたりの間を抜けて、マフラーをふわりと揺らした。
舞い散る桜の花びらが、あたたかい光を帯びていた🌸

彼女は、僕が貸したマフラーを、ずっと大事に持っていてくれた。
僕が勝手に終わらせた時間を、ひとりで抱えてくれていた。
それが、今ようやく、僕の手の中に戻ってきた。

──彼女がくれたのは、忘れ物と、もうひとつの「許し」だった。

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