
静かに壊れた日常🎭
夫の顔を見ていると、ふと頭に浮かんでしまう。
「この人が、もし明日いなくなったら、私は――」
その先を想像するたび、罪悪感と安堵が交差する。
私は最低なのかもしれない。
結婚して五年。
平凡で、波風のない暮らし。
けれどそれは、言い換えれば“心が死んでいく”生活だった。
彼は、何もしてくれないわけじゃない。
ゴミ出しも、料理も、ちゃんと分担してくれる。
だけどそれは、ただのルーティンでしかなかった。
私が熱を出して寝込んでいても、
「薬は飲んだ?」と一言だけ。
そのあと、彼は無言でスマホを眺めていた📱
隣にいるのに、どこまでも遠い人。
そう感じるようになったのは、いつからだったろう。
ある日、彼が言った。
「なあ、離婚って……したら楽になるのかな」
私は思わず息をのんだ。
彼の口からその言葉が出るとは思っていなかった。
「楽って、誰が?」
私の問いかけに、彼はわずかに笑って言った。
「お互い、かな」
それきり、会話は終わった。
でも私は、頭の中がぐらぐらして眠れなかった。
このまま、彼の“妻”として人生を終えるのか。
愛してもいない人の隣で、感情を殺して生き続けるのか。
布団の中で、ずっと目を閉じたまま考えていた。
目を閉じれば思い出すのは、学生時代に描いていた夢。
自由に旅をして、好きなものに囲まれて暮らす日々。
今の私は、その夢からどれだけ離れてしまったのだろう。
翌朝、私はいつも通りキッチンに立ち、湯を沸かしていた。
背後から足音が近づいて、彼の声が聞こえた。
「離婚届、書いてみた」
私は手を止めて振り返った。
彼は、離婚届の用紙をテーブルにそっと置いた。
「俺の欄はもう書いてある。
……あとは、君の名前だけ」
彼の目はどこか寂しげで、でも晴れたようにも見えた。
「君が望んでると思ってた」
私は、赤い封筒の存在を思い出した。
昨日書いた“別れの手紙”。
出せずにカバンに入れたままのそれを、彼はまだ知らない。
不思議な静けさのなか、私はそっと息を吐いた。
「…ありがとう」
それだけを口にして、私は少し距離をとって椅子に腰を下ろした。
冷えたお茶の湯気が、うすく揺れていた🍵
📩次回、「別れ話は、突然に」──
届くはずのなかった一通の封筒が、思わぬかたちで彼の手に渡る。
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