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ひとこと小説「シーツの匂い」

「まだ、ここにいるよ」

部屋にふわりと広がる、ラベンダーの香り。
窓から差し込む春の光が、白いシーツをやさしく揺らしていた🌸

この匂いを嗅ぐと、決まって思い出す。
「お日さまの匂いって、落ち着くよね」
そう言って笑った、君の声。

君が週末ごとに通ってきていた、僕の部屋。
最初はちょっと遠慮がちだったのに、いつの間にか君のほうがこの部屋に馴染んでいた。

洗濯をして、掃除をして、ベッドに新しいシーツを敷くのが君のルーティンだった。
「シーツは風通しのいい日に干すのが一番」なんて言いながら、ベランダで空に向かって広げていた姿が、今でも目に浮かぶ。

朝食のトーストを焦がして、「ちょっと焼きすぎちゃった」と照れる君。
目玉焼きの黄身がとろけるのを見て、満足そうに笑う顔が、今でも忘れられない。

……でも、もう君はいない。
突然の病気だった。
あまりに急すぎて、何が起きたのか、ずっと現実感がなかった。

それからというもの、僕はこの部屋に残された君の気配を壊すのが怖くて、何も変えられずにいた。
洗濯機の中にも、君が最後に使ったタオルがそのままになっていた。

今日、ふと思い立って、久しぶりにシーツを替えることにした。
ただの気まぐれだった。

押し入れを開けると、白いシーツが一番上に置かれていた。
きれいに畳まれていて、ふっくらと柔らかそうで——
でも、そんなふうにした覚えは僕にはない。

ためらいながらも、それをベッドに敷いて横になると、ふわっと、あの香りが鼻をくすぐった。
懐かしくて、温かくて、涙がにじんだ。

そのとき、不意に耳元で声がした。

「おかえり。ちゃんと干しておいたから」

はっとして起き上がったけれど、部屋には誰もいない。
でも、どこかでわかっていた。
君が、まだここにいる気がしていた。

その夜、夢の中で君に会った。
白いワンピースを着て、笑いながらキッチンに立っていた。
「シーツ、いい香りだったでしょ?」

目が覚めると、頬が少し濡れていた。
でも、悲しみよりもぬくもりのほうが残っていた🕊️

それから僕は、週末になるたびシーツを洗って干すようになった。
空に向かって大きく広げながら、そっとつぶやく。

「今週も、いい香りになったよ」

君はもう、ここにはいない。
でも、この香りの中に、確かに君がいたことを感じる。
それだけで、少しだけ前を向ける気がする🌿

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