
ふたりの未来を乗せて、風の彼方へ🌤
公園のベンチの下に、小さな紙飛行機が落ちていた。
丁寧に折られていて、誰かが大事に飛ばしたもののように見えた。
ぼくはそれを手に取り、空に向かって軽く放ってみた。
風に乗って、思いのほか遠くまで飛んでいく。
その先にいたのが、彼女だった。
ベンチに座っていた女性が紙飛行機を拾い上げ、じっと眺めていた。
「……これ、私が折ったのとすごく似てる」
ぼくは近づいて声をかけた。
「そうなの? たまたま拾って飛ばしてみたんだけど」
「たぶん、図書館で子ども向けに折ったやつ。この折り方、私のクセなの」
名前はミサキ。
近くの図書館でアルバイトをしていて、紙飛行機はワークショップで使ったものだったという。
それがきっかけで、ぼくとミサキは少しずつ話すようになった。
公園で会えば挨拶し、天気の話や本の話を交わした。
彼女はよく空を見ていた。
その横顔には、どこか切なさがあった。
ある日、思い切って聞いてみた。
「空、好きなんだね」
ミサキは静かにうなずいた。
「うん。空はね、約束の場所なの」
そして、ぽつりと続けた。
「心臓に持病があってね……長くは生きられないかもしれないって、お医者さんに言われてるの」
胸が締めつけられた。
それでも彼女は微笑んだ。
「あなたと話す時間、好きになってきた。未来を見てるみたいで」
──それからの日々、ふたりは毎週一枚の紙飛行機を飛ばすようになった。
願いを書いて、風に託して。
ある日、ミサキは一枚の封筒をぼくに手渡した。
「これ、いつか私と会えなくなったときのために預けておくね」
「開けるのは、時間が経って……ふと、空を見上げたくなったときでいいから」
季節は流れ、春の終わり。
ミサキは病院へ運ばれ、そのまま戻らなかった。
──風のように静かに。
一年後の今日、ぼくはあの封筒を開いた。
中には、ふたりで飛ばした紙飛行機と同じ折り方の一枚が入っていた。
そして、彼女の丁寧な筆跡でこう綴られていた。
「あなたに出会えてよかった。空を見上げる理由ができたの。ありがとう」
ぼくは静かにその紙を折り、あの日と同じ公園で、空へ向かって飛ばした。✈️
願いはもう届いた。
今度は、ぼくの想いを風に乗せて。
──またいつか、空の向こうで。
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