
野良猫が消えた日から、この町は「迷わない」はずなのに、迷いやすくなった。
きれいになったのに、なぜか息苦しい。
その理由を、私は一匹の猫の気配から思い出した。
野良猫がいなくなったのは、ある日を境にしてだった。
駅前の再開発が終わり、歩道は広くなり、街灯は明るくなった。
古い商店街の角にあった空き地は整地され、花壇とベンチが置かれた。
「きれいな町になりましたね」と、外から来た人は言う。
確かに、見た目は整っていた。
ごみは落ちていない。
看板は統一され、色のくすみも消えた。
ただ、その変化と一緒に、野良猫の姿も消えていた。
以前は、朝になると同じ場所に三匹の猫がいた。
誰かが餌を置き、誰かがそれを片付け、誰かが猫の話をしていた。
猫は町の風景であり、会話の理由だった。
今は、餌やり禁止の看板だけが残っている。
注意書きは正しく、整然としている。
でも、その前を通る人は、誰も立ち止まらない。
町は安全になったはずなのに、声をかける理由が減っていった。
路地には監視カメメラが設置され、死角はなくなった。
安心してください、と書かれた掲示が貼られている。
それでも、人は足早に通り過ぎる。
かつて猫が丸くなっていた場所は、今では誰の視線も受けない。
見られる必要のない空間は、記憶にも残らない。
私はこの町で育った。
それなのに、最近ときどき、帰り道で足が止まる。
迷うはずのない角で、身体がためらう。
理由は単純だった。
目印が消えたのだ。
「ここを曲がると、いつもの猫がいる」
子どものころ、私はそうやって道を覚えた。
猫は地図の記号ではない。
でも、私の中では確かに、曲がり角に置かれた矢印だった。
この町には、そういう矢印がいくつもあった。
誰かの洗濯物の匂いとか、八百屋の呼び声とか、猫の欠伸とか。
再開発で、匂いと声は整頓されてしまった。
同じ色の歩道。
同じ形の植え込み。
同じ明るさの街灯。
迷わない代わりに、覚えられない町になった。
ベンチには高齢の女性が一人、決まった時間に座っている。
以前は猫の世話をしていた人だ。
猫がいたころ、彼女の周りには小さな輪ができていた。
「今日は来たね」
「寒いからね」
それだけの言葉が、町に温度を残していた。
今は、誰も声をかけない。
町は彼女を拒んでいない。
ただ、必要としていないだけだった。
私は一度、彼女に会釈をした。
それだけで、なぜか胸が詰まった。
会釈が「話す理由」の代わりになってしまったからだ。
猫がいたころなら、会釈のあとに自然と会話が続いた。
「この子、駅のほうにも行くのよ」
そう言われて思い出した。
以前、猫が人と人の距離をつないでいた話を読んだことがある。
駅に通う猫が教えてくれた小さな奇跡と人のつながりで描かれていたのは、猫が移動することで、人の会話が生まれていく風景だった。
あれは物語なのに、なぜだか現実のほうが先に真似をしてしまった気がした。
再開発のパンフレットには、成功の数字が並んでいる。
利用者数、治安、景観。
そこに、失われたものの欄はない。
猫はデータにならない。
猫と交わされていた時間も、数値にはならない。
だから、失われたことに気づける人だけが、置き去りになる。
夜になると、町は驚くほど静かだ。
鳴き声も、気配もない。
音が消えたのではなく、存在の余白が消えた。
その静けさに、眠れなくなる人がいる。
私もその一人だった。
スマホを見れば安心できるのに、なぜか画面を閉じたくなる夜が増えた。
それでも、ある夜、一匹の猫が戻ってきた。
理由は分からない。
偶然かもしれない。
風に押されて迷い込んだだけかもしれない。
猫は花壇の縁で立ち止まり、こちらを見た。
私は声を出しかけて、やめた。
名前を知らないのに、呼ぶのはおかしい気がしたからだ。
でも、少し離れた場所から、誰かが小さく名前を呼んだ。
猫はその声に反応して、首を傾けた。
そして、ゆっくりと近づいた。
その瞬間、分かった。
迷っていたのは猫ではなく、人のほうだったのだと。
この町で、戻り方を忘れていたのは私たちだったのだと。
町はきれいになった。
でも、道に立ち止まる理由は減った。
野良猫が消えた町で、人だけが迷子になっていた。
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小説「野良猫が消えた町で人だけが迷子になる理由」の後日談と続編は、noteにて公開しています。
あの夜に戻ってきた“一匹”が、誰の記憶をほどいていくのか。
本編を読んだあとに見ると、最後の一文の意味が少し変わります。
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