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野良猫が消えた町で人が迷う理由 第3話 記憶の余白

野良猫の姿を見かけなくなってから、町では道に迷う人が増えた。
地図アプリを開いても、目印にしていた角を通り過ぎてしまう。
何度も歩いたはずの通学路や通勤路で、足が止まる人がいた。

それは方向感覚の問題ではなかった。
この町では、猫がいなくなる前から、人の記憶が少しずつ薄くなっていたのだ。
そう考えると、あの日から町の空気が少しだけ軽くなった理由も説明がつく。

最初の異変は、私自身だった。
「ここ、こんなに長かったっけ」と、いつもの道が遠回りに見えた。
同じ場所を二度曲がり、同じ自販機の前で三度立ち止まった。
そして気づく。
自販機の横に、いつも茶色い猫が座っていたことを。

思い返せば、この町の猫たちは何も教えなかった。
ただ、そこにいた。
人が迷ったとき、立ち止まったとき、視線の先に静かに存在していただけだ。
その「いる」という事実が、世界の輪郭を保つ目印になっていたのかもしれない。

公園のベンチで、老人が立ち尽くしていた。
「この先に何があったか、思い出せなくてね」と彼は言った。
以前なら、足元で丸くなっていた白い猫が、黙って進む方向を示してくれた場所だ。
示してくれたというより、そこにいるだけで、こちらの心が決まったのだろう。

商店街の八百屋では、若い店主が戸惑っていた。
仕入れの順番を間違え、常連の顔が思い出せなくなる。
「猫が来なくなってから、時間の感覚がずれてる気がするんです」と彼は小さく笑った。
笑いながら、目の奥だけが真面目だった。

私は石段の前に立った。
以前、白い猫がいつも座っていた場所だ。
ここに来ると不思議と迷わず帰れた。
その理由を、ようやく言葉にできそうで、できない。

猫がいなくなった理由を、誰も知らない。
ある日を境に、ふっと消えたように姿を見せなくなった。
餌を置いても、鳴き声を探しても、応答はなかった。
この町の入口だけが少し歪んで、出入りするものの数が合わなくなったみたいに。

それでも、町は日常の顔をやめない。
信号は変わり、店は開き、笑い声もある。
ただ、ところどころに「余白」が増えた。
思い出せない一瞬。
言葉にならない違和感。
進むべき方向が、少しだけ曖昧になる感覚。

「猫がいなくなった理由」ではなく、「猫がいた意味」をもう少し追いかけたい方へ。
まずは第1話と第2話を読んでおくと、余白の手触りがより鮮明になります。
気になったところから、お好きな順に読んでみてください。

以前、この町で起きた最初の話を読み返すと、今の空気が少しだけ整理できる。
野良猫が消えた町で人だけが迷子になる理由
そして、余白が広がっていく気配は、すでに第2話でも描かれていた。
野良猫が消えた町で人が迷う理由 第2話

夕暮れ、私は石段を下りた。
すると一瞬だけ、視界の端に動く影が見えた気がした。
確かめようと振り返ったが、そこには何もない。
それでも不思議と、足は迷わず家へ向いた。

猫が残した余白は、穴ではなく、道しるべの跡なのかもしれない。
消えたものを埋めるのではなく、消えたことを覚えているための形。
私はその形をなぞるように、今日も町を歩く。

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