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ひとこと小説「ふたり分のレシート」

この世界が“架空”だと気づいたのは、コンビニのレシートだった📄🪐

昼下がりのコンビニ。
おにぎりと缶コーヒーを手に、僕はレジの前に立った。

ここ仮想都市〈クラウド9〉では、すべての買い物が“手ぶら”で完結する。
レジ台に立つだけで、脈拍と遺伝子チップが認識され、数秒後には会計が済んでしまう。

「ご利用ありがとうございました」

レジ係の音声が流れ、ディスプレイの隅に僕の名前が浮かぶ。

《決済名:ユウト》

小さなレシートが吐き出される。
僕はそれを無造作に取り、いつものようにジャケットのポケットへ押し込んだ。

特別なことは、何もなかった──そのときまでは。

店を出て数分。
夕方の光が斜めに差し込む交差点で、赤信号に足を止める。

ふとした拍子に、ポケットに手を突っ込んだ。

そこには、レシートが2枚入っていた。

最初は、機械の印刷ミスかと思った。
だが、1枚目は確かに僕のもの。
おにぎり、缶コーヒー、時刻も正しい。

そしてもう1枚──

そこには、見知らぬ商品と名前が印字されていた。

《購入品:ヨーグルト、文庫本、シャープペン》
《決済名:ミカコ》

知らない名前。
なのに、胸の奥がざわついた。

ヨーグルトはいつもストローで飲んでいた彼女。
文庫本は、しおりを下から差す癖があった。
ペンの色は、必ず青。

──ミカコ。
“前の世界”で、僕の恋人だった。

ここ〈クラウド9〉は、人格と感情、そして記憶の初期化を条件に入居が許される仮想都市。

僕たちは、すべてを忘れてここへ来たはずだった。

でもレシートが、その規則を破った。

彼女の購買記録が、なぜか僕のポケットに入っていた。
偶然? いいや、偶然なんかじゃない。

僕はその日から、彼女を探し始めた。
記憶のない都市で、ミカコという名と購買傾向だけを頼りに。

そして一週間後。

コンビニの入り口に、彼女はいた。
ヨーグルトと文庫本を手に、レジへ向かう姿。

声をかける。

「……ミカコ、だよね?」

彼女は驚いたようにこちらを見つめ、そしてゆっくりうなずいた。

「あなたも……届いたんだね」

その手には、僕のレシート。

《購入者:ユウト》

ふたりのレシートが重なった瞬間、スマートレジの裏システムが起動した。

それは、この都市に唯一残された“外部接続の鍵”だった。

裏面には、新たな文字が浮かび上がる。

《次回再接続予定:2030年4月13日 午後4時23分》

ミカコが微笑む。

「また消されても、きっとどこかで思い出す」

「うん。ちゃんと残ってる。ここに──僕たちのログが」

僕はそう言って、レシートをぎゅっと握りしめた。

それは紙切れなんかじゃない。
ふたりがこの世界の“外”で再び出会うための、たしかな証拠だった。📄🛍️💞

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