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ひとこと小説「泣き顔の理由」

「彼女の涙が、僕の未来を変えた日」

帰り道の公園で、彼女は泣いていた。
人目を避けるように、ベンチの端にうつむいて座っていた。

何度かすれ違ったことがある程度で、名前も知らない。
でもそのときの涙が、やけに胸に刺さった。

勇気を出して、声をかけた。
「大丈夫ですか?」

彼女は驚いた顔で僕を見た。
そして、無理に笑った。

「……平気です。泣きたいだけだから」

それきり話すこともなく、彼女は立ち上がって去っていった。
でも翌日、また彼女を見かけた。
今度はコンビニの前で、おにぎり片手にぼーっとしていた。

なぜか、話しかけるのが自然だった。
「昨日より元気そうですね」

彼女は少し戸惑ったあと、笑った。
本当に少しだけど、ちゃんと笑っていた。

それから、時々会うようになった。
名前も知った。
笑い方も知った。
好きな食べ物も、嫌いな虫の話も。

たまにまた泣く日もあるけど、今は僕の前で泣いてくれる。
その涙が、もう孤独じゃないと教えてくれてる気がして、僕は黙って隣にいる。

ある日、彼女が言った。
「初めて会った日、助けてくれてありがとう」

僕は少しだけ照れて、首を振った。
「俺の方こそ、君に会えてよかったよ」

彼女が不思議そうに首をかしげたので、思い切って続けた。
「その日まで、誰かとちゃんと話すことなんて、ずっとなかったから」

バイトと家の往復、誰とも深く関わらず、時間だけが過ぎていく毎日。
そんな僕の世界に、突然現れた彼女の涙は、まるでひとしずくのインクのように広がっていった。

少しずつ話すようになって、少しずつ笑いあって。
彼女が見せる表情はどれも新鮮で、心を動かされた。

やがて、彼女の泣く理由も少しずつわかってきた。
大切な人を失ったこと。
自分を責めていたこと。
夢を諦めかけていたこと。

だけど今は、彼女の涙は誰かの前でこぼせるようになった。

その「誰か」になれたことが、僕の人生を少しだけ変えた。
いや、少しどころか、すべてが変わり始めている気がする。

泣いていた彼女を見かけたその日、僕の未来が静かに動き出した。
きっかけは、たったひとしずくの涙だったけれど。

だから僕は、彼女が笑える日も、泣きたい夜も、隣にいたいと思う。
未来がどこへ向かっても、あの日の気持ちを忘れずに。

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