
小さな鼻が運ぶ幸せの香り
休日の午後、私は渋谷の雑踏を抜けて細い裏路地へと足を向けた。
雨上がりの空気には、アスファルトの匂いと甘いラテの香りが混ざっていた☕️
濡れた路面に映るネオンが、少しだけやさしく瞬いて見えた。
SNSで見つけた話題の「ミニブタカフェ・ぽてと」。
写真には、手のひらサイズのミニブタたちがソファで丸まって眠っている姿が映っていた。
正直、最初は半信半疑だった。
けれど、会社でのストレスや人間関係のしがらみに疲れきっていた私は、
「癒されるなら、なんでもいい」と思っていた。
ドアを開けると、小さな鈴が鳴った🔔
白とピンクの空間。
木のぬくもりの中に、柔らかい鳴き声が響いている。
「いらっしゃいませ〜、初めてですか?」
店員の女性が微笑みながら、一匹の小さなミニブタを抱いていた。
「この子は、こむぎちゃんです」
「こむぎ……かわいい名前ですね」
こむぎはつぶらな瞳で私を見上げて、鼻をひくひくさせた。
そして、ちょこんと私の足元に座った。
その瞬間、胸の奥で何かがほどけていくようだった🌸
窓の外には、雲間から薄い光が差していた。
私は小さくつぶやく。
「さっきまで土砂降りだったのに。」
心のなかにも小さな晴れ間が広がる。
テーブルの向こうで湯気がほどけ、奥の席には本を読むカップル。
そんな景色を見ていたら、ふとあの日の喫茶店という言葉が胸の奥であたたかく灯った☕️💭
店内では、ほかのブタたちが客の膝の上で眠ったり、おやつをねだったりしていた。
「人懐っこいんですね」
「そうなんです。人の気持ちがわかるみたいで」
店員の言葉を聞きながら、私はこむぎの背をなでた。
毛並みはふわふわしていて、ほんのりとミルクのような匂いがした。
「ねえ、こむぎ」
思わず声に出す。
「私、最近ちょっと疲れちゃったの」
もちろん、返事なんてない。
けれどこむぎは私の膝に頭をのせ、「わかってるよ」とでも言うように、静かに目を閉じた。
ああ、動物ってすごいな。
言葉を超えて、心の奥にまっすぐ届く。
やがて、隣の席に若い男性がやってきた。
ノートパソコンを開きながら、ミニブタを膝に乗せて打ち合わせをしているらしい。
「すごいですね、その子、人懐っこい」
声をかけると、彼は照れくさそうに笑った。
「はい。毎週ここで仕事してるんです。この子がいると、変な話ですけど、うまく言葉が出てくるんですよ」
彼の腕の中で、ミニブタが軽く鳴いた。
まるで同意しているように。
私たちは自然と話し始めた。
仕事のこと、休日の過ごし方、そして“癒し”について。
「喫茶店で、ぼんやり窓を眺めるのが好きなんです」
彼がそう言ったとき、私はうなずいた。
「わかります。コーヒーの湯気って、時間をゆっくりにしますよね」
横目に見える硝子越しの街は、どこか柔らかい輪郭で揺れていた。
目をやる先の先、窓の向こうに広がる景色は、いつもより静かに見えた🌆
気がつけば、2時間も経っていた。
店を出る頃、こむぎが私の後を追ってきて、靴の先をちょんとつついた🐽
「また、来るね」
そう言って頭をなでると、こむぎは小さく鳴いた。
翌週、私はまたあのカフェを訪れた。
今度はこむぎに、りんごチップをプレゼントした。
すると、奥の席にいた彼がこちらに気づき、「また会いましたね」と微笑んだ。
それが、奇跡の始まりだった。
私たちは、ミニブタたちの間に座りながら、少しずつ心を通わせていった。
こむぎはいつもその真ん中で、嬉しそうに寝転がっている。
まるで二人をつなぐキューピッドみたいに。
ある日、こむぎがテーブルの端に載せた鼻先で、私のバッグから落ちた便箋をつついた。
「それ、誰かに書いたの?」
「うん。渡せないまま、しまってる手紙」
彼の声は、ゆっくりと私の胸に触れる。
「いつか、渡せるといいね」
私は微笑み、便箋を折りたたむ。
もしも言葉が行き先を見つけられたら。
その願いはきっと、手紙の行方のように、そっと誰かの心へ届く📮✨
季節がひとつ巡るころ、こむぎは私の膝に登ると、ふうっと温かい息を吐いた。
その重みが、静かな安心をくれる。
彼と私の会話は、カップの縁を指でなぞるようにゆっくり続いた。
常連の人が隣の席で新聞をたたむ音、スプーンがソーサーに触れる小さな音。
そうして流れる時間はまるで、メトロノームのリズムみたいに心を整えてくれる🎵
「最近、ペットのテック記事を読むのが好きで」
彼がスマホを見せる。
首輪の向こうに見える、くすっと笑える日常と、さりげない優しさ。
画面に映る見出しに、二人で目を合わせて笑った。
犬猫スマート首輪事件簿!笑える日常のように、人も動物も無理せず寄り添える未来が、もう始まっているのかもしれない📱🐾
そして、帰り際。
彼が言った。
「今度、カフェじゃなくて公園で会わない? こむぎも一緒に」
私は驚いて、少しだけ俯いた。
「うん、行きたい」
そのとき、店の奥で別のミニブタがくしゃみをした。
私たちは顔を見合わせて笑う。
笑い声は、木の椅子を揺らすほどの大きさじゃないけれど、心の中心に静かに灯りをともす。
公園までの道は、いつもより遠回りをした。
青い花壇、赤いすべり台、ゆっくり回るメリーゴーランド。
彼とこむぎと私、三人分の影が並ぶ。
その横を、見知らぬ老夫婦が手をつないで歩いていく。
「素敵だね」
私がつぶやくと、彼はうなずいた。
「うん。いつか、ああやって歩けたらいいね」
夕暮れ。
こむぎが私の靴紐を軽く踏んで、立ち止まらせた。
「どうしたの、こむぎ?」
視線を落とすと、白いクローバーが風に揺れている。
私はしゃがみこんで、そっと指先で撫でた。
四つ葉ではなくても、今は十分に幸せだと思えた🍀
帰り道、角を曲がる前にもう一度、振り返る。
彼が小さく手を振った。
胸の奥で、なにかがほどける音がした。
「またね」
私も手を振り返す。
日が落ちきる前の、淡い光。
たぶん私たちは、少しだけ未来に近づいた。
ふと浮かんだフレーズが、くちびるのうらで転がる。
この場所が好きな理由を、私はようやく言葉にできる。
それは、ここが“誰かの隣り”でいられる場所だから。
そう思ったとき、カフェの隣人というささやかな幸運が、今日の私を丸ごと抱きしめてくれた気がした。🐷☕️🌸


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