
失われた絆を探して
夜の街は、雨に濡れていた。
アスファルトに反射する街灯の明かりは、まるで無数の瞳がこちらを覗き込んでいるかのようだった。🌃
直哉は傘も差さずに歩き続けていた。
心の中の空洞が、冷たい雨を受け止めているように思えた。
「また、今日も帰る場所がないな……」
彼は小さくつぶやいた。
職場では孤立し、家族との縁も切れ、ただ流れるように一日を過ごす。
人と会話をすることも、笑うことも、もうずっとしていなかった。
そんな時だった。
細い路地の奥から、不思議な気配が漂ってきた。
暗闇の中に、青白い光が揺れている。👁️
直哉は吸い寄せられるように足を踏み入れた。
そこにいたのは――一匹の猫だった。
黒い毛並みに、まるで星を宿したような瞳。
濡れた体を震わせながら、それでも気高く背を伸ばしている。
「……猫?」
声をかけると、猫はじっとこちらを見つめた。
そして――口を開いた。
「やっと見つけた」
直哉は息を呑んだ。
猫が喋ったのだ。
それも、頭の中に直接響くような声で。🐾
「まさか……幻?」
「そう。人には見えない存在を見通す者。お前にはその力がある」
猫の言葉は謎めいていた。
しかし不思議と恐怖はなかった。
むしろ、その声は直哉の心の奥に、温かい火を灯すように響いた。
猫は名を「カイ」と名乗った。
幻と人の間に生きる存在。
彼は直哉を「救済の旅」へと誘った。
「救済? 俺にそんなことができるはずがない」
直哉は首を振った。
しかしカイは瞳を光らせ、静かに告げる。
「救済とは、人を救うことではない。お前自身が救われることだ」
その言葉に、直哉の胸はざわめいた。
彼は無意識に猫を抱き上げた。
温かさが腕に伝わり、心がほどけていくようだった。😺
二人の旅は、街の片隅から始まった。
直哉の目には、人には見えない「影」が見えるようになっていた。
それは未練を抱えた人々の記憶の残滓だった。
ある影は、亡くなった母に謝りたいと泣いていた。
ある影は、果たせなかった夢を追い続けていた。
ある影は、愛した人の名を呼び続けていた。
直哉とカイは、彼らに寄り添い、言葉を交わし、時に涙を流した。
影たちはやがて微笑み、霧のように消えていった。
「……消えた?」
「救われたのだ。彼らは、お前の声で」
直哉は信じられなかった。
自分のような孤独な人間に、誰かを救う力があるのか。
だが、確かに影たちは安らぎを得て姿を消した。
旅を続けるうちに、直哉の心にも変化が訪れた。
他人の痛みに触れることで、自分の傷とも向き合うようになった。
孤独の正体は、ただ「誰にも求められていない」という思い込みだったのだ。
「直哉、お前はずっと救われたがっていた」
カイの言葉に、直哉は涙を流した。
人を救おうとしていたはずが、実は自分が救われていたのだと気づいた。😢
クライマックスは、最初に出会った路地裏だった。
夜明け前の空に淡い光が差し込む。
カイは静かに座り、直哉を見上げた。
「これでお前の旅は終わりだ」
「終わり……?」
「救済は果たされた。お前の中に」
その瞬間、直哉は理解した。
カイが探していた「救済」とは、直哉自身の再生だったのだ。
「カイ……ありがとう」
声が震えた。
猫はゆっくりと目を閉じ、身体が淡い光に包まれていく。
そして――霧のように消えた。
「カイっ!」
直哉は叫んだ。
だがそこに残っていたのは、ただ一匹の普通の猫。
眠るように丸まっているだけだった。
直哉はそっとその猫を撫でた。
柔らかな温もりが掌に広がる。
彼は微笑んだ。
「……行こう」
夜が明け、街は新しい一日を迎える。
直哉は猫と共に歩き出した。🌅
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