
三日坊主のたびに、自分を責めていませんか。
続かないのは意志の弱さではなく、見えない努力を信じられないだけかもしれません。
公園で出会った一匹のカメが、その考え方をそっと変えてくれました。
何をやっても続かない。
始めたときは本気なのに、三日も経つと熱が冷める。
手帳は白いまま、アプリは通知を止められ、目標だけが増えていく。
自分は意志が弱い。
そう決めつけるのが、いちばん楽だった。
朝の散歩だけは、なぜか続いていた。
続いているというより、やめる理由が見つからなかっただけだ。
同じ公園、同じ時間、同じベンチ。
あのベンチは、待つために作られたみたいに、いつも静かだった。
ふと、以前読んだ「待ちぼうけ」の話を思い出す。
ひとこと小説「待ちぼうけのベンチ」という題名だけが、なぜか頭に残っていた。
待つことにも、ちゃんと意味があるのかもしれない。
ある日、そのベンチの前に小さな囲いができていた。
中には一匹のカメがいた。
札には「観察中。触らないでください」とだけ書かれている。
のろい。
のろすぎて、動いているのかすらわからない。
それでも、カメは顔だけは前を向いていた。
翌日も、その翌日も、カメは同じ場所にいた。
少しずつ、ほんのわずかずつ、向きを整えながら。
三日目。
また来てしまった自分に気づいて、少し苦笑した。
どうせ今日で終わる。
何をやってもそうだった。
四日目。
カメの位置が、昨日より数センチ前にあった。
目を凝らさないと気づかない程度だ。
それでも、確実に違っていた。
五日目。
進んでいる方向が、変わっていないことに気づいた。
速さはない。
迷いもない。
自分はどうだろう。
三日で投げ出した勉強も、運動も、日記も。
やめた理由はいつも同じだった。
「変わっていない気がした」から。
成果が見えないと、不安が勝って、やめる言い訳を探し始める。
カメは、変わっているようには見えなかった。
でも、同じ方向を向き続けていた。
その姿が、なぜか怖かった。
自分が一番できないことを、何の力みもなくやっているから。
六日目。
囲いの外で、子どもが言った。
「このカメ、全然動かないね」
親は笑って答えた。
「動いてるよ。昨日よりちょっと前」
その言葉が、胸に残った。
ちょっと前。
それでいいのか。
七日目。
ふと思った。
続けることが苦手なんじゃない。
変化が見えないと、信じられなくなるだけだ。
人は、目に見える成果でしか、自分を許せなくなっている。
そんな話を、以前どこかで読んだ気がした。
野良猫が姿を消した町で、取り残されて迷子になっていたのは人間のほうだった、
野良猫が消えた町で人だけが迷子になる理由という短編だ。
迷っているのは、いつも人のほうだ。
カメは迷っていない。
遅いだけで、止まっていない。
八日目。
自分も、帰ってから机に向かった。
五分だけ。
その代わり、やる内容は小さく決めた。
開いて、見る。
線を一本引く。
それで終わり。
九日目。
また五分。
内容は、正直よく覚えていない。
けれど、机に向かった自分の背中だけは、昨日と違っていた。
十日目。
やめなかった。
それだけで十分だと思えた。
公園で、カメはまだ進んでいた。
誰に褒められるわけでもなく。
誰と比べるでもなく。
気づいた。
続けるとは、速さの話じゃない。
方向の話だった。
三日坊主でもいい。
四日目に戻れば、それはもう違う。
カメは、そうやって教えてくれた。
自分を責めるより、今日の一歩を見る。
その一歩が小さすぎて笑える日もある。
でも笑えるなら、まだ前を向けている。
そう思えるだけで、少し楽になった。
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三日目に戻りそうになった夜。
主人公が見つけた“カメの囲いの札の一言”が、続けることへの見え方をもう一度変えます。
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