
「待っていてね」と彼女は言った🌟
「この花が咲いたら、帰ってくるから」
そう言って彼女が残したのは、一輪の白い蕾だった。
それは決して咲かない花──、人工的に遺伝子操作された“時間の花”と呼ばれる宇宙植物だった。
彼女は“時間航行士”だった。
光速に近い速度で恒星間航行をするため、時間は彼女の中でゆっくり進み、地球とはまったく異なるリズムで歳月を刻む。
彼女が「すぐ戻るよ」と言った日から、もうこちらでは十年が経っていた。
俺は、彼女の言葉を信じていた。
花が咲かない限り、彼女は戻らない。
それは約束であり、希望であり、呪いでもあった。🌱
季節は何度も巡った。
空も街も、どんどん変わっていく。
けれど、部屋の片隅に置いたあの蕾だけは、まるで時間を拒絶するように閉じたままだった。
咲かない花。
咲いてほしくないと思う日もあった。
戻ってこなければ、彼女は危険な旅の中で生き続けているということだから。
そして、ある晩のことだった。
眠る直前、ふと蕾に目をやると、花びらの縁がほんの少しだけ開いていた。
息をのむ。
それは間違いなく、咲き始めの兆しだった。
彼女が戻ってくる。
次の日の朝、玄関の前に、彼女が立っていた。🚀
十年の歳月をまるで感じさせない、あの頃と変わらない姿で。
けれど──目の奥には、宇宙の深淵を見た者にしかない静けさがあった。
「遅くなってごめんね」
彼女は笑った。
「咲いたでしょ? あの花」
俺はうなずいた。
でも、言葉が出なかった。
涙があふれて、うまく声にならなかった。
彼女の手のひらには、同じ花があった。
咲かないはずの花。
でもそれは、ふたつ揃って、ようやく咲くようにできていた。
──ずっと知らなかった。
それが、“約束の設計”だったなんて。
そして俺は、初めて気づく。
咲かなかったのではない。
「一緒に咲く日」を、ずっと待っていただけだったのだ。🌸
これからの時間は、彼女と同じリズムで進む。
どれだけ世界が変わっても、もう、彼女の隣を歩いていける。
咲かない花は──二人でなら、咲くことができる。
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