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ひとこと小説「同じ靴」

「あの人の面影は、歩き方に宿っていた」👟

通勤ラッシュを避けて、少し遅めの電車に乗った朝。
ホームでふと目にとまったのは、一組の男女だった。

並んで歩く二人。
特別な会話をしているわけでも、見つめ合っているわけでもない。
ただ、歩調だけがぴたりと揃っていた。

男性の足元に目がいった瞬間、私は息を飲んだ。
それは――彼が最後に履いていたのと、同じ靴だった。🕰️

彼と別れてから、もう5年が経っていた。
些細なすれ違いの積み重ねで、最後は自然に距離ができてしまった。
もう彼がどこでどうしているのかも、知らない。

でも、私の記憶の中で、彼はいつもこの靴を履いていた。
雨の日も、旅行も、散歩も。
少し汚れてるのに、なぜか捨てずにずっと履いてた。

その靴とまったく同じ型を、あの男性が履いている。
偶然かもしれない。
だけど、どこか引っかかる。🚶‍♂️

その後ろ姿。
歩き方。
背筋の伸ばし方。

――見覚えがある。
忘れられるわけがない。

彼だった。
でも、隣には誰かがいた。

笑って、寄り添って。
かつて私がいた場所に、別の誰かがいた。🎞️

電車が来た。
私は足を踏み出せずに、立ち尽くしていた。
風が通り抜ける。

彼は振り返らなかった。
それでよかった。

私たちはもう、別々の靴で歩いてる。
でも、同じ靴を履いた日々は、嘘じゃなかった。

あの時間は、たしかに存在した。
そして今、私の中にちゃんと残っている。

それだけで、十分だった。🌿

電車に乗り遅れた私の横を、別の誰かが歩いていった。
ふと、その人の足元にも同じ靴が見えた。
もしかしたら――この世界には、まだあの頃の気配が残っているのかもしれない。

私は静かに微笑み、ようやく歩き出した。
過去ではなく、今の私の足で。

きっとまた、誰かと歩調を合わせたくなる日が来る。
それがどんな人かはわからないけれど、あの日の記憶を心にしまったまま、私は今日を生きていく。

そして次に靴を選ぶときは、誰かとおそろいになる予感に、少しだけ期待してみよう。

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