
「灯火に浮かぶ影」
キャンドルの灯りが揺れる部屋に、一人佇む。
窓の外は静まり返り、微かな風音だけが聞こえる。
その夜、部屋を照らす明かりは他になかった。
温かみのあるオレンジの光が壁に映し出す影は、どこか懐かしい形をしていた。
「またこの季節が来たんだな」
静かに呟くと、胸に鈍い痛みが走る。
あの夜も、こうしてキャンドルを灯していた。
忘れられない夜、永遠に閉じ込めておきたいと思った瞬間だった。
キャンドルの火が不意に揺れた。
その時だった。
目の前の影が動き始めた。
まるで意志を持つように、ゆっくりと形を変えていく。
「君は…まだここにいるのか」
懐かしい声が耳元で響いた。
震える手で目の前のキャンドルを見つめるが、そこにあるのはただの灯火。
しかし影は、確かにその声の主を形作っていた。
あの人だった。
二度と会えないはずの、大切な人。
思わず手を伸ばすが、触れることは叶わない。
影はただ、静かに揺れ続けていた。
「僕を…忘れないで」
消え入りそうな声に胸が締め付けられる。
その瞬間、キャンドルの火が大きく揺れ、部屋の中が一瞬だけ真っ暗になった。
再び明かりが戻った時、影は消えていた。
あの人の声も、もう聞こえない。
手の中には、小さな紙切れがあった。
それは昔二人で描いた未来の夢。
今では色褪せてしまったが、文字は確かにそこに残っている。
「また会えるよ」 そんな予感がした。
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