「その部屋には、思い出が置いてあった」
出張先のビジネスホテル。
疲れた体を引きずるように廊下を歩いていたとき、ふと立ち止まった。
「224」——その部屋番号が目に留まる。
それは5年前、卒業旅行で彼女と泊まった部屋と同じだった。
自分の予約した部屋は「226」。
でもなぜか、このドアが気になって、ついノックしてしまった。
返事はない。
やっぱり変だったかな、と思い立ち去ろうとした瞬間、カチャリと音がしてドアが開いた。
顔を出した女性と目が合った瞬間、息が止まる。
「……え?」
「……なんで……?」
そこにいたのは、5年前に別れたまま、連絡も取っていなかった彼女だった。
お互い言葉が出ず、気まずい沈黙が流れる。
「偶然……?」
「うん、ほんとに偶然」
彼女は困ったように笑って、ドアを開けてくれた。
部屋の中は静かで、テーブルには便せんと白い封筒が置かれていた📩
「これ……何?」
「手紙。あなたに渡せるかわからなかったけど……どうしても書きたくて」
彼女の声が震えていた。
「実はね、このホテル、偶然予約したら“224”だったの。懐かしくて……それで、気持ちの整理がしたくて」
僕は封筒をそっと受け取る。
彼女の丸くて優しい字が並ぶ手紙には、あの頃の想いが綴られていた。
『あの時、うまく言えなくてごめんね。
本当はずっと話したかった。
でも、言葉にするのが怖かったんだ』
読みながら、胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。
それは、今も彼女が僕の心の中にいた証だった。
「……間違えてノックしたのに、間違ってなかったのかもしれない」
そうつぶやくと、彼女は驚いたように顔を上げた。
「あなたも、“224”を覚えてたんだ?」
「忘れるわけないよ。あの日のことも、全部」
その夜、ふたりは多くを語らなかった。
でも、あの頃伝えられなかった言葉たちが、少しずつ溶けていった。
間違えたはずの部屋番号が、再びふたりを繋いでくれた。
この“偶然”が、物語の続きを始めさせてくれたのかもしれない🌙✨
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