本ページはプロモーションが含まれています

バレンタインに既婚者がもらった一粒の理由

その箱は、机の引き出しの奥で静かに主張していた。
既婚者である僕がバレンタインにもらったこと自体が、少しだけ現実味を欠いていた。
それでも、その一粒が示す意味を考えずにはいられなかった。

二月の朝、オフィスはいつもより甘い匂いがした。
空調に乗って流れてくるその気配は、仕事に集中するふりをしている人たちの心を、ほんの少しだけ緩めていく。
僕は結婚七年目で、職場でも家庭でも、特別な立ち位置にいるわけではない。
だからこそ、今年のバレンタインは、何事もなく過ぎていくはずだった。

昼休み前、デスクの横に立ったのは後輩の佐藤だった。
彼女は業務連絡のついでのような顔で、小さな紙袋を差し出した。
「みなさんにです」と言いながらも、なぜか僕の名前だけを確かめるように呼んだ。
周囲の視線を意識して、僕は軽く会釈をし、何でもないように受け取った。

紙袋の中には、丁寧に包まれた小さな箱が一つだけ入っていた。
ばらまき用にしては妙に上質で、個人的すぎるとも言えない、絶妙な距離感だった。
既婚者がもらったという事実は、受け取った瞬間よりも、その後にじわじわと重みを増していく。

家に帰るまで、僕は何度も引き出しを開けては閉めた。
同僚への義理だと決めつければ楽だったが、決めつけきれない曖昧さが残っていた。
以前、言葉にできない思いが手紙の香りに滲んでいた話を読んだことがある。
それはひと言小説「香る手紙」という短編で、伝えない選択が最も誠実な場合もあると教えてくれた。

夕食後、妻はいつも通りの声で「今日どうだった」と聞いた。
僕は少し迷ってから、正直に紙袋を差し出した。
彼女は中身を見て、驚いた顔をしたあと、すぐに柔らかく笑った。

「ちゃんとした人だね」と妻は言った。
誰かを困らせないように、でも感謝だけは伝えたい、そんな選び方だと。
僕はその言葉に、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。

箱を開けると、整然と並んだチョコレートが一粒だけ減っていた。
職場で配られた他の人の分と同じデザインで、個数だけが違う。
その一粒の差が、境界線を示しているように見えた。

既婚者がバレンタインにもらったものは、好意そのものではなく、配慮だったのだと思う。
気持ちを伝えないための工夫であり、距離を保つための優しさだった。
雨音の中で手紙を出せなかった記憶を描いたひと言小説「雨の手紙」を思い出し、言わないことで守られる関係もあると納得した。

翌日、佐藤はいつもと変わらない態度で仕事をしていた。
目が合っても、特別な合図はない。
その普通さが、昨日の出来事をきちんと現実に戻してくれた。

バレンタインは、ときに人の立場を浮き彫りにする。
もらった側の状況や、渡す側の配慮が、静かに交差する日でもある。
既婚者である僕にとって、それは自分の足場を再確認する一日だった。

帰宅後、妻と一緒にそのチョコを分けて食べた。
甘さは控えめで、後味がすっと消える。
余計なものを残さない味だと、二人で笑った。

誰かから何かをもらうことよりも、それをどう受け止めるかの方が大切なのかもしれない。
バレンタインに既婚者がもらった一粒は、関係を壊さないための、小さな知恵だった。
そう思えたとき、この出来事は静かに終わった。

同じような場面で、少しだけ考え込んでしまった人がいるなら。
この話が、気持ちを整理するきっかけになればいい。
受け取った意味は、たいてい想像よりも穏やかなものだから。

――――――――――
物語に登場したようなバレンタイン向けのチョコレートを確認してみませんか!
気になる方は公式情報を一度見てみるのも一つです。

バレンタインチョコレートを確認(Amazon)

――――――――――

あわせて読みたい作品

バレンタインに揺れる友達以上恋人未満の距離
バレンタインに断られた後に残った小さな優しさ
バレンタインに渡さないと決めた静かな選択

noteで読む続編はこちら

小説「バレンタインに既婚者がもらった一粒の理由」の続編は、noteにて公開しています。
あの一粒の後、夫婦の会話がどんな余韻を残したのか。
よろしければこちらもご覧ください。

👉 バレンタインに既婚者がもらった一粒の理由・続編(noteへ)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました