
バレンタインが近づくたび、私たちは少しだけ曖昧になる。
友達以上恋人未満という関係が、チョコレート一つで試される季節。
この距離に名前をつけられないまま、大人になってしまった二人の話。
二月の駅前は、いつもより甘い空気が漂っていた。
通勤途中に見かけるショーウィンドウも、SNSのタイムラインも、どこか浮き足立っている。
私はその雰囲気から少し距離を取るように、マフラーを深く巻いた。
彼と知り合って、もう三年になる。
職場が同じわけでも、共通の趣味があったわけでもない。
ただ、気がついたら連絡を取り合い、月に一度は必ず会っている関係だった。
ごはんを食べて、映画を観て、帰りに少し遠回りをして歩く。
手をつなぐことはないけれど、並んで歩く距離は近い。
お互いに恋人がいないことも、たぶん知っている。
それでも私たちは、決定的な一言を避け続けていた。
バレンタインが近づくと、その曖昧さが急に現実味を帯びてくる。
渡すべきか、渡さないべきか。
義理と本命の境界線は、友達以上恋人未満の関係では驚くほど不安定だ。
今年もまた、私は迷っていた。
渡せば何かが変わるかもしれない。
渡さなければ、このまま何事もなく続くだけかもしれない。
そんなことを考えながら、私はスーパーの特設コーナーの前で立ち止まっていた。
高級すぎるものは重たい。
軽すぎるものは逃げに見える。
結局、選んだのは個包装の小さなチョコレートだった。
理由をつけやすく、でも気持ちは隠しきれない。
友達以上恋人未満の関係には、ちょうどいい曖昧さだと思った。
当日、私たちはいつものように待ち合わせた。
特別な予定はなく、いつも通りのカフェ。
それなのに、心臓の音だけがうるさい。
コーヒーが運ばれてきたタイミングで、私はチョコレートを差し出した。
何気ない顔を装いながら。
「バレンタインだから」
彼は一瞬だけ驚いた顔をして、それから少し困ったように笑った。
受け取ってくれた、その手の動きがやけに丁寧だった。
「ありがとう」
それだけで、関係が壊れることも、急に変わることもなかった。
でも、何も変わらなかったわけでもない。
帰り道、いつもより会話が少しだけゆっくりになった。
信号待ちの時間が、やけに長く感じられた。
別れ際、彼は一度だけ立ち止まった。
そして、言葉を選ぶように、少し間を置いてから言った。
「来年も、もしよかったら」
それ以上は続かなかったけれど、十分だった。
友達以上恋人未満という関係は、不安定で、面倒で、でも確かに温度がある。
答えを急がないことも、選択のひとつなのだと、そのとき初めて思えた。
バレンタインは、告白の日じゃなくてもいい。
関係を壊さずに、気持ちを少しだけ伝える日でもいい。
曖昧なまま進むことを選んだ私たちは、たぶんそれなりに大人だった。
それでも、ひとりになった帰り道だけは、少しだけ子どもみたいに考えてしまう。
あの「来年も」が、ただの習慣なのか、合図なのか。
もしも踏み出したら、どんな名前がつくのだろう。
そんな夜に限って、ふいに昔の短い物語が頭をよぎる。
香りだけが気持ちを先に運んでしまうような、手紙の話だ。
言葉よりも先に想いが伝わってしまう、その感じが今の自分と重なって、私はスマホでそっとひと言小説「香る手紙」を読み返した。
読み終えたあと、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ静かになって、私は深く息を吐いた。
もうひとつ、胸の奥に残っているのは、最終バスの中で交わされる一瞬の勇気だった。
言葉にするには遅すぎて、それでも伝えずにはいられなかった気持ち。
あの切羽詰まった空気が今の自分と重なって、私はスマホでそっとひと言小説「最終バスでの再会」を開いた。
ページを閉じたとき、曖昧なまま立ち止まっている自分も、悪くないと思えた。
友達以上恋人未満の関係は、進め方が人によって違います。
だからこそ、似た温度の物語を読むと「自分だけじゃない」と整理できることがあります。
気持ちが揺れる夜に、近いテーマの作品も続けてどうぞ。
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友達以上恋人未満の距離感に悩んだとき、選択肢を知るだけでも気持ちが軽くなるかもしれません。
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・ひとこと小説「春風の中で」
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あの「来年も」の言葉が、ふたりの関係をどう動かしたのか。
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