秋色に溶けた恋の行方
秋風が吹き抜ける銀座の街角は、深みのあるブラウンに染まっていた。
落ち葉の色、カフェの椅子の色、ショーウィンドウに飾られたコートの色――どれもが同じ調子で人々を包み込む。🍂
沙耶はその中に溶け込むように、キャメル色のロングコートをまとって立っていた。
「遅いな……」
小さく呟く声は、街のざわめきにかき消される。
待ち合わせの時間を過ぎてから、もう十五分が経っていた。⌛
彼女の心を支えているのは、胸ポケットにしまった小さな封筒だった。
それは一週間前、彼から「次に会ったら渡したいものがある」とだけ告げられ、託されたものだった。
開けてはいけないと言われたわけではない。
でも、開けてしまえば何かが壊れてしまうような気がして、ずっと持ち歩いていた。✨
「沙耶！」
背後から声がして、振り返ると、ショコラブラウンのコートを着た陽斗が立っていた。
「ごめん、仕事が長引いて……」
その笑顔に、怒りは不思議と湧かなかった。
「もう……心配したんだから」
沙耶は安堵と少しの苛立ちを混ぜた声を出したが、次の瞬間、陽斗の手元に目を奪われた。
彼の右手には、小さな白い箱が握られていた。🎁
「実はさ、今日渡したいものがあるんだ」
そう言って差し出された箱は、光沢のあるリボンで飾られていた。
胸ポケットに忍ばせた封筒と、彼の手の中の箱。
ふたつの意味が交錯するように、沙耶の心は揺れた。
あの日、二人が出会ったのも同じような季節だった。
カフェの扉を開けた瞬間に漂ったコーヒー豆の香り。
席を探していた沙耶の目の前で、陽斗が立ち上がり「ここ、どうぞ」と声をかけたのが始まりだった。☕
彼はその時も、深いブラウンのセーターを着ていた。
色が人の印象を強く残すことを、沙耶はその日知ったのだった。
以来、二人で歩く道には必ずブラウンが寄り添っていた。
ウッド調のベンチに座って語り合い、チョコレート専門店で互いに好きな味を当て合った。
まるでブラウンが二人を導いているようだった。
「沙耶、これを受け取ってほしい」
白い箱を差し出す陽斗の手は、わずかに震えていた。
「……開けてもいい？」
「もちろん」
リボンをほどくと、中には小さな革のキーケースが入っていた。
焦げ茶色に艶めくその質感は、光を受けるたびに温かみを放つ。🔑
「二人で選んだ部屋の鍵、もう渡したいと思って」
沙耶は言葉を失い、ただキーケースを握りしめた。
胸ポケットに忍ばせていた封筒の存在を思い出す。
震える指で取り出し、彼に差し出した。
「これ、ずっと預かってたの。開けてみて」
陽斗は怪訝そうにしながら封を切った。
中には、一枚の写真が入っていた。
それは去年の秋、二人で訪れた公園でのスナップだった。
落ち葉のブラウンが舞う中で、肩を寄せ合い笑う二人が映っている。📸
「……これ、どうして？」
「私ね、この写真を見て決めたの。あなたと過ごす日々が、季節みたいに移ろっても、ずっと大切にしたいって」
陽斗の瞳が潤んだ。
「沙耶……」
二人は自然と抱きしめ合った。
街のざわめきは遠く、ブラウンの世界だけが二人を包み込んでいた。🤎
その後、二人は新しい部屋へと歩みを進めた。
扉を開けると、まだ家具のない部屋には秋の夕日が差し込み、床に長い影を落としていた。
「これから、ここにブラウンのテーブルを置こう」 「カーテンはキャメルがいいな」
未来を語る声は、柔らかく重なり合った。
窓から見える街の灯りがともるころ、二人は手を取り合い、同じソファに腰を下ろした。
沙耶はふと気づいた。
陽斗の瞳も、彼女のコートも、そして夜に溶け込む街の光も、みんなブラウンに染まっている。
まるで色そのものが、二人の約束を祝福しているようだった。🌆
夜が更けるころ、二人は新しい生活の細かなことまで語り合った。
冷蔵庫の位置や食器棚の色、休日に一緒に訪れたい場所――ひとつひとつを想像しながら、夢を重ねていく。
「ねえ、キッチンには大きめの木のテーブルを置きたいな。パンを焼いたり、コーヒーを飲んだりできるように」
「いいね。朝は一緒にそこに座って、ゆっくり時間を過ごそう」
二人の言葉は未来の設計図になっていった。🖋️
窓の外では、秋の夜風が街路樹を揺らしていた。
その葉の色も、柔らかいランプの光も、深みのあるブラウンに包まれているようだった。
沙耶は陽斗の肩に寄り添いながら、心の奥で確信した。
――この色がある限り、きっと私たちは大丈夫。
未来を信じる気持ちが、静かに胸に広がっていった。✨
翌朝、二人はカーテン越しに射し込む柔らかな光で目を覚ました。
部屋にはまだ何もないのに、不思議と満ち足りていた。
「ねえ、今日は家具を見に行こうか」
「うん。まずはソファかな。それとも本棚？」
会話は尽きることなく、未来の一片一片が形を成していく。📖
陽斗はふと笑いながら言った。
「でもやっぱり、君と過ごす時間そのものが、僕にとって一番の宝物だよ」
沙耶は照れながらも、その言葉を胸に刻んだ。
部屋の中には、何もないはずなのに、ブラウンの温もりが確かに広がっていた。🤎
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