
見られることと、見ること
フクロウは、毎日そこにいた。
観光地の片隅に置かれた木の止まり木の上。
看板には「撮影OK」「触らないでください」と書かれている。
人は立ち止まり、スマートフォンを構える。
無言で、何枚も。
シャッター音だけが積み重なり、誰もフクロウの目を見ない。
フクロウは逃げなかった。
逃げ方を忘れたのか、最初から知らなかったのか。
ただ、目を閉じることもなく、静かに前を見ていた。
子どもは言う。
「かわいい」。
大人は言う。
「映えるね」。
その言葉が、フクロウに向けられていないことを、フクロウは知っていた。
彼らが見ているのは、画面の中の自分だけだ。
止まり木の周りには、同じ角度のため息が落ちていく。
「撮れた」。
「いいね」。
「次行こ」。
言葉は軽く、視線は短い。
フクロウは、見られているのに、見られていなかった。
ある日、管理者が札を下げた。
「本日より撮影禁止」。
理由は書かれていなかった。
人は戸惑った。
足を止めても、スマートフォンを出せない。
数秒立ち尽くし、興味を失って去っていく。
フクロウの前には、静けさが戻った。
久しぶりの、何も起こらない時間。
その静けさは、少しだけ怖かった。
シャッター音はうるさい。
でも、鳴っているうちは「ここにいる」気がした。
鳴らなくなると、空気まで透明になって、自分が消えていくようだった。
フクロウは羽をたたまない。
じっと前を見る。
誰かが来るのを待っているわけではない。
待つという仕草だけが、体に残っている。
一人の女性が立ち止まった。
写真を撮らない。
スマートフォンも出さない。
ただ、フクロウを見ていた。
フクロウは、初めてその人の顔を見た。
画面越しではない、人の目。
女性はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐いた。
「……ごめんね」。
何に対する言葉かは、分からない。
それでもフクロウは、目を逸らさなかった。
これまで数え切れないほど向けられてきた視線は、どれも自分を通り過ぎていた。
だがこの視線だけは、止まっていた。
見るという行為には、時間がいる。
相手の存在を、そのまま受け取る覚悟がいる。
女性は何も求めなかった。
反応も、可愛さも、物語も。
ただ、そこにいる命として、フクロウを見た。
フクロウは羽を少しだけ震わせた。
それは、初めて自分が「そこにいる」と思えた瞬間だった。
ふと、フクロウは思い出す。
ここへ来る前の、もっと広い空の匂いを。
どこかで、見上げた人の目線を。
あの日も、誰かはちゃんと見ていたのだろうか。
答えは分からない。
けれど、今日の視線は違った。
女性は去った。
写真は一枚も残らなかった。
それでもフクロウは知っている。
あの日、確かに見られていたことを。
撮られるだけの日々の中で、一度だけ、本当に見られたことを。
見られることと、見ることは、同じ形をしていないのだと。
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撮影禁止になってから、フクロウの前に“もう一人”現れます。
その人は、写真ではなく、ある言葉を置いていきました。
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