
最後の手作り
「明日から、お前の弁当作るぞ」
夕食の席で、父が突然そう言った🍱
母と俺は驚いて顔を見合わせた
父は仕事で忙しく、ほとんど家にいなかった
家で食事を共にすることも少なかったのに、いきなり弁当を作ると言い出したのだ
「どうしたの?急に」
母が笑いながら尋ねると、父は少し照れくさそうに頭をかいた
「たまには、父親らしいことをしようと思ってな」
翌朝、台所から不慣れな包丁の音が聞こえた🔪
仕事に行く前の時間を削って、父はぎこちない手つきで弁当を作っていた
昼休み、弁当の蓋を開けると、形の崩れた卵焼きと、少し焦げたウインナーが入っていた
ご飯の上には、不器用に握られたおにぎりが三つ
「お前の好きな梅干し、ちゃんと入れといたぞ」
そんな父の声が聞こえてくるようで、思わず笑った
「うまいよ」
そう言いながら、箸を動かした
決して上手とは言えない味だったけれど、これまで食べたどの弁当よりも温かかった
しかし、その夜——
父は突然倒れ、救急車で運ばれた🚑
病院の廊下で、母が震える手で医師の話を聞いていた
重い病気を隠していたことを、俺たちはそのとき初めて知った
「もっと早く気づいていれば……」
何度もそう思ったけれど、父はいつものように笑い、何も言わなかった
二度と、父の弁当を食べることはなかった
葬儀が終わった後、冷蔵庫を開けると、小さな紙切れが目に入った
『次はもっと上手く作るからな』
その横には、新しい弁当箱が置かれていた
思わず、それを握りしめた
次はもうないのに——
目の前が滲んで、文字がぼやける
父が最後に残してくれた、不器用だけれど温かい愛💧
俺は、あの日食べた弁当の味を、きっと一生忘れない
——ありがとう、親父
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