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回し車を止めた夜に気づいたこと

小さな命の静かな寄り添い

夜になると、部屋の隅から規則正しい音が聞こえてくる。
ケージの中で回し車が回る音。
それが、この部屋の「一日の終わり」を知らせる合図だった。

ハムスターは小さな体で、毎晩欠かさず回し車を走らせていた。
私が電気を消し、ベッドに横になる頃には、もう夢中で走っている。
その音を聞きながら、私は今日一日を振り返るのが習慣になっていた。

けれど、その夜だけは違った。
電気を消しても、音がしなかった。
静かすぎる部屋に、私は少しだけ胸騒ぎを覚えた。

仕事でうまくいかなかった日だった。
誰にも言えなかった言葉が、喉の奥に溜まったまま、帰宅してからも消えなかった。
机に向かっても、スマートフォンを見ても、何も頭に入らず、ただ、ぼんやりと時間だけが過ぎていった。

気づけば、目から涙が落ちていた。
理由ははっきりしていない。
疲れなのか、悔しさなのか、それとも、ずっと無理をしていたことへの反動なのか。
とにかく、止めようとしても止まらなかった。

そのとき、ふとケージを見ると、ハムスターが回し車にいなかった。
いつもなら、私の動きなど気にも留めず、黙々と走っている時間だ。

彼は、ケージの隅にいた。
巣箱の外。
こちらをじっと見ている。

目が合った瞬間、なぜか呼吸が少し楽になった。
何かをしてくれるわけでもない。
鳴くこともない。
ただ、そこにいる。

私は床に座り込み、しばらくその小さな背中を眺めていた。
彼は動かない。
回し車も、餌皿も、今はどうでもいいというように、静かにこちらを見ている。

その姿を見て、初めて気づいた。
この小さな命は、毎晩ただ走っていただけではなかったのかもしれないと。
部屋の空気。
私の声。
足音。
そういう些細な変化を、ちゃんと感じ取っていたのかもしれないと。

ふと、以前読んだ短編の一節を思い出す。
言葉を持たない存在が、言葉より先に気配で寄り添ってくる物語。
それがひと言小説「青い鳥」だった。

涙が落ち着いたころ、彼はゆっくりと回し車に戻った。
カラカラ、という音が、また部屋に広がる。
いつもと同じ音。
けれど、どこか優しく聞こえた。

回し車を止めた夜。
それは、彼が私を心配した夜だったのかもしれない。
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。

人は、言葉がないと伝わらないと思いがちだ。
けれど、小さな命は、言葉の代わりに、行動で寄り添ってくれることがある。

「再会」って、人と人だけのものじゃないのかもしれない。
同じ部屋で、同じ時間を積み重ねて、何度でも心が戻ってくる。
そんな感覚に近い。
私はそっとスマホを置き、この感覚をどこかで味わったことがあると思った。

夜の静けさの中で、時間だけがやさしく戻ってくるような再会。
それがひとこと小説「月夜の再会」だ。

その夜から、回し車の音を聞くたびに、私は少しだけ自分に優しくなれるようになった。
あの静かな時間を、忘れないために。

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