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ひと言小説「ふと見た笑顔に滲む記憶」😊

「届かぬ微笑み」

駅前のカフェテラスで、コーヒーを啜っていた。

ふと目を上げた先に、柔らかな笑顔が目に入る。

その笑顔に、胸がざわめいた。

一瞬で、何年も前の夏が甦る。

その日、夕立が上がったばかりの街角で、彼女は笑っていた。

青いワンピースが陽射しに透け、髪先からポタリと滴る水滴が、舗道に小さな波紋を描いていた。

「ねえ、今度はどこに行こうか?」

あの時の声が、耳に蘇る。

その声に応える代わりに、僕はただ頷くだけだった。

未来は永遠に続くと信じていた。

しかし、その未来はある日突然、途切れた。

彼女は遠くの街へ引っ越し、連絡は次第に途絶えた。

最後に交わした言葉さえ覚えていない。

戻れない記憶の中で、僕は彼女の笑顔だけを掴もうとしている。

目の前の笑顔に、再び視線を戻す。

カフェのガラス越しに、彼女がそこにいるような錯覚を覚えた。

しかし、その笑顔の主は、見知らぬ人だった。

胸に広がる空虚感を抱えながら、コーヒーを一口飲む。

その温かさが、冷めた記憶をわずかに和らげてくれる。

テラスに風が吹き抜け、視界がぼんやりと揺れる。

彼女は、もう届かない場所にいる。

それでも、あの日の笑顔が僕の中で生き続ける。

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