
それは買い物帰りの何気ない会話から始まった。
カルディのはちみつって偽物らしいよ、と誰かが言った。
その一言が、日常の安心を少しだけ揺らした。
駅前のカルディは、いつもより少し混んでいた。
棚に並ぶ瓶詰めのはちみつを前に、私は足を止めた。
透明なガラス越しに見える黄金色は、どこか懐かしく、子どもの頃の朝食を思い出させる色だった。
けれど最近、SNSでは別の言葉が飛び交っている。
カルディのはちみつは偽物らしい。
そんな投稿を、私も確かに見た。
噂は決まって断片的だった。
知り合いの知り合いが言っていた。
海外では問題になっているらしい。
科学的な名前や難しい言葉が並ぶ投稿もあれば、感情だけが先走る短い文章もある。
それらは強い言葉で人の不安を刺激し、真偽を確かめる前に広がっていった。
私はその日、瓶を手に取ったまま考え込んだ。
本当にこれは偽物なのだろうか。
偽物とは、いったい何を指すのだろう。
砂糖が混ざっていることか。
加工されていることか。
それとも、私たちが思い描く理想と違うことなのか。
似たような違和感を覚えたことが、以前にもあった。
何気ない言葉が一人歩きし、本来の意味とは違う形で伝わってしまう瞬間。
その感覚は、かつて読んだ短編小説ひとこと小説「ひとくちの嘘」を思い出させた。
善意から出た言葉が、別の顔を持って広がっていく怖さ。
噂というものは、いつも静かに始まる。
帰宅後、私は改めて情報を探し始めた。
怒りや断定から始まる文章は一旦脇に置き、公式表示や流通の仕組みを一つずつ確認した。
原材料表示。
原産国。
輸入時の検査。
はちみつという食品が、どのような基準で市場に並ぶのかを知るほど、単純な白黒では語れないことが見えてきた。
偽物という言葉は便利だ。
一瞬で結論を出したような気持ちになれる。
けれど、その裏には省略された説明と、切り取られた事実がある。
混ぜ物があるかどうかと、品質が悪いかどうかは別の話だ。
加熱や加工の有無も、用途や保存性によって意味が変わる。
数日後、私は再びカルディに足を運んだ。
同じ棚、同じ瓶。
けれど、見え方は少し変わっていた。
噂を知った上で、なお選ぶという行為。
それは盲目的な信頼ではなく、納得の上での判断だった。
レジに並びながら、隣の人の会話が耳に入った。
このはちみつ、偽物って聞いたけどどうなんだろう。
その声は、不安というより戸惑いに近かった。
私は振り向いて、言葉を慎重に選んだ。
いろいろ言われてるけど、表示や情報を見ると一概には言えないみたいですよ。
SNSは便利だ。
知らなかった視点を教えてくれる。
けれど同時に、不安だけを増幅させることもある。
それは、香りや温度のような本質が、文字だけでは伝わらないからだ。
ふと、記憶と感情のすれ違いを描いたひと言小説「香る手紙」の一節が頭をよぎった。
その夜、トーストに少量のはちみつを垂らした。
甘さは控えめで、後味はすっきりしている。
私は思った。
これは噂の味ではなく、今日の私が選んだ味だ、と。
カルディのはちみつが本物か偽物かという問いは、実は私たち自身への問いなのかもしれない。
情報をどう受け取り、どう判断し、何を信じるのか。
その答えは、棚の前で立ち止まった時間の中にある。
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