
「鏡越しの誰か」
朝起きて洗面台に向かうと、鏡に映る自分の顔が目に入った。
頬を伝う、乾いた涙の跡。
昨夜泣いた記憶なんてない。 「なんで…?」とつぶやきながら、指でそっと跡をなぞった。
その瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走り、フラッシュのように映像が浮かんだ。
真っ暗な部屋の中、自分が誰かと話している。
その人の顔は見えない。
ただ、声だけがやけに鮮明だった。
「忘れないで」 切実な声。
けれど、誰の声なのかわからない。
急いで顔を洗い、気を取り直そうとした。
だが、洗面台の上に置かれた紙切れに気づき、手が止まった。
そこには、見覚えのない筆跡でこう書かれていた。
“鏡の中の君を見つけて。”
背筋が凍る思いで再び鏡を見た。
だが、今度は自分の顔だけが映る。
胸のざわつきを抑えきれず、家を飛び出した。
その日一日中、あの声が頭を離れなかった。
あのメッセージが示す意味は何なのか。
帰宅後、もう一度鏡を見た。
すると、映った自分の背後に誰かが立っていた。
全身に鳥肌が立ち、振り返る。
けれど、そこには誰もいない。
ただ、耳元で囁く声が聞こえた。
「思い出してくれてありがとう。」
次の瞬間、涙が自然と頬を伝い落ちた。
あの跡の意味を知ることはなかったが、不思議と心が軽くなっていた。☆★☆
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