
最終面接を終えた帰り道。
私は駅前のコンビニで、普段は絶対に買わない少し高めのプリンを手に取った。
「内定が出たら、社会人の顔して食べよう」と思っていたやつ。
まだ結果も出てないのに、もう祝ってる自分がちょっと可笑しかった。
その会社は、いわゆる“人気企業”だった。
採用ページには「人を大切にする文化」「一人ひとりの挑戦を尊重」と、やさしい言葉が並んでいた。
私はその言葉を、わりと素直に信じていた。
就活って、信じないとやってられない日がある。
その夜、スマホが震えた。
内定予定者だけが入っているグループチャット。
「よろしくお願いします!」
「研修、緊張しますね!」
知らない人たちの丁寧すぎる挨拶が流れて、妙に平和だった。
私は“ここに入るんだ”という実感が、少しずつ形になっていくのを感じていた。
そこに、突然メッセージが落ちてきた。
「今回の採用、正直雰囲気重視(笑)
顔いい子多くて人事的に満足」
一瞬、画面が静止したように見えた。
いや、止まってるのは私の思考のほうだった。
次に動いたのは既読。
ゆっくり、でも確実に増えていった。
スタンプも、フォローも、誰も何も言わない。
その無音が、いちばん怖かった。
……これ、人事の誤爆だ。
しかも“間違えちゃった☆”で済ませていい種類じゃない。
私はスマホを持ったまま、部屋の真ん中で立ち尽くした。
頭の中に浮かんだのは、面接で言った言葉たち。
志望動機、ガクチカ、自己PR。
全部、急に薄っぺらく感じた。
大学三年の終わりから、毎日少しずつ勉強して取った資格がある。
友達が遊びに行く週末も、私はカフェでテキストを開いていた。
“努力は裏切らない”って、自分に言い聞かせながら。
なのに、たった二行の軽い言葉が、その努力を「雰囲気」と「顔」に変換してしまった。
数分後、知らない番号から電話が来た。
採用担当の女性の声は、震えていた。
「本当に申し訳ありません……!
部長が、送る先を間違えてしまって……!
もちろん、能力もきちんと評価していますから……!」
謝罪は丁寧だった。
でも、丁寧なだけだった。
私は「大丈夫です」と言いながら、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。
誤送信って、取り消せない。
まるでひと言小説「消えたメッセージ」の物語みたいに、残ったまま人の心に刺さる。
さらに、電話の向こうで別の声が混ざった。
人事部長だ。
妙に明るい。
「まあでも間違ってないじゃん。
かわいいって言われて悪い気しないでしょ?」
その瞬間、私の中の何かがスッと消えた。
怒りでもなく、悲しみでもなく、期待が消えた。
「この会社に入りたい」という気持ちが、電源を落としたみたいに消えた。
三日後、私は内定辞退のメールを送った。
理由は「一身上の都合」。
就活生の“万能呪文”だ。
送信ボタンを押したあと、手が震えていた。
怖かった。
でも、怖さ以上に「ここで頑張る未来」を想像できなかった。
そこから再就活が始まった。
正直、面倒だった。
いちばん面倒なのは、また自分を売り込むことよりも、また信じ直すことだった。
企業の言葉を、もう一度信じること。
私は、いったん全部を白紙に戻すことにした。
まるで、自分の人生を、ひとこと小説「リセットボタン」の世界みたいに、やり直すつもりで。
次に受けた会社の面接。
面接官は履歴書を見て、こう言った。
「この資格、学生のうちに取ったんですね。
ここまで積み上げた人は、入社後も伸びると思います」
その一言で、胸の奥がじんわり温かくなった。
“見てくれる会社はある”って、やっと実感できた。
私はその会社に決めた。
後から風の噂で聞いた。
最初の会社は、入社してからの離職が多いらしい。
誤爆は偶然じゃなくて、普段の空気がたまたま外に漏れただけだったのかもしれない。
就活って、受かるための戦いに見えて、実は“相性を見抜く作業”だと思う。
条件も大事。
でも、言葉の扱いが雑な場所は、人の扱いも雑になりやすい。
私はそれを、かなり痛い形で学んだ。
プリンは、結局その夜に食べた。
ちょっと甘すぎた。
でも、あの甘さがなかったら、私はもっと自分をごまかしていた気がする。
終わり。
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