
「マスク美人は外すとがっかり」そんな言葉に心が沈んだことはありませんか。
見た目の評価に悩んだ経験がある人ほど、読後に少し呼吸がラクになる物語です。
私がぶさいくの悩みを越えた過程を、いまの自分の言葉でまとめました。
会社で私は、いつの間にか「マスク美人」と呼ばれていた。
冗談のように聞こえるその言葉が、なぜか胸に引っかかった。
褒められているはずなのに、褒められていない気がした。
「外したらがっかりしそうだよね」と、笑いながら言う人がいたから。
その瞬間、私は笑って頷いた。
けれど心の中では、何かが小さく折れていた。
帰り道、駅のガラスに映る自分を見て、目を逸らした。
ぶさいくだと思われたくない。
そう思うこと自体が、ずっと悩みだった。
学生の頃、写真を撮られるのが苦手だった。
集合写真では端に立ち、口角だけを上げた顔で写っていた。
笑っているのに、笑っていない顔だった。
それが社会人になって落ち着いたはずなのに、マスク生活でまた戻ってきた。
マスクは便利だった。
守られている気がした。
だから私は、外す理由が見つからないまま、付け続けていた。
ある日の昼休み、同僚の男性が私の席に寄ってきた。
声が大きくて、距離感が近い人だった。
「ねえさ、マスク美人ってやつでしょ。外したらがっかりするやつ」
笑い声が周りに広がる前に、空気が止まった。
私は言い返せなかった。
悔しいより先に、恥ずかしさが来た。
その日の夜、洗面台の前でマスクを外した。
鏡にいるのは、ただの私だった。
美人でもないし、ひどくもない。
でも、心が勝手に点数をつけようとする。
その点数が低く出そうになるたび、胸がざわついた。
翌日から私は、克服というより、扱い方を変えることにした。
まず、鏡を見る回数を減らした。
代わりに、肌の触り心地だけを確かめた。
化粧の出来ではなく、眠れているかどうかを確認した。
顔の評価より、生活の調子を整える方が効くと気づいた。
次に、服と髪を整えた。
顔だけが自分だと思うと苦しくなる。
全体の雰囲気が整えば、心も少し整う。
それでも不安な日がある。
そんな夜、私は以前読んだ短編を思い出すことがある。
鏡と向き合う怖さが静かに描かれていたひと言小説「鏡に映る母の影」の一節が、なぜか心に残っていた。
もう一つ、言葉にできない気持ちをそっと置いていける話としてひと言小説「雨の匂いに揺れる記憶」も、私の中で支えになっていた。
そして私は、最後に一つだけ決めた。
外すかどうかは、気分で選ぶ。
怖い日は付ける。
元気な日は外す。
どちらも私の選択にする。
数週間後、社内会議の日。
私はマスクを付けていなかった。
理由は単純で、肌の調子が良かったから。
それだけで十分だと思えた。
会議室に入ると、例の同僚が一瞬だけ固まった。
目が合い、彼は視線を落とした。
私はその反応に、腹が立たなかった。
むしろ、少し冷めた気持ちで思った。
がっかりかどうかを決める権利を、最初から彼に渡していたんだ。
会議が終わった後、後輩が小声で言った。
「先輩、今日なんか雰囲気いいですね」
その言葉は、顔への評価じゃなかった。
姿勢や声や落ち着きへの感想だった。
その瞬間、胸の中の結び目が少し緩んだ。
人が見ているのは、顔の細部じゃない。
場にいる私の空気なんだ。
まとめるなら、克服の正体はこれだった。
自分の顔を好きになることじゃない。
自分の顔に支配されないこと。
もし今、同じ悩みの中にいる人がいるなら伝えたい。
あなたの価値は、誰かの一言で決まらない。
決めるのは、いつだってあなた自身だ。
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