
そのチョコを見た瞬間、封印していた過去が勝手に再生された。
大人になったはずなのに、思い出は突然バグのように戻ってくる。
もしあなたにも心当たりがあるなら、この物語はきっと他人事ではない。
三十五歳の会社員、佐伯直人はコンビニのバレンタイン特設コーナーの前で固まっていた。
理由は簡単で、そこに並んでいた手作り風チョコが、彼の過去を思い出すスイッチになったからだ。
高校二年の冬、直人は人生初の告白をした。
そして見事に、しかも伝説級に盛大に、失敗した。
相手は同じクラスの春川美咲で、笑うと目が三日月みたいになる子だった。
問題は告白の方法だった。
当時の直人は「サプライズこそ正義」という危険思想に支配されていた。
昼休み、教室の黒板に巨大なハートを描き、その中央に「好きです」と書いた。
さらにその前で待機し、彼女が入ってきた瞬間にチョコを差し出すという、今思えば逃げ場ゼロの作戦を実行した。
結果、美咲は固まり、クラスは静まり返り、担任はなぜか拍手した。
その日、直人は人生で初めて「黒歴史」という言葉の意味を体感した。
それから十七年、彼はその記憶を地下深くに封印して生きてきた。
しかしバレンタインは残酷だ。
毎年必ず、過去を思い出すイベントとして襲ってくる。
「いやもう大人だし」と自分に言い聞かせながら、直人はチョコ売り場から逃げようとした。
その時、隣から声がした。
「もしかして、黒板ハートの人?」
振り向くと、そこには美咲がいた。
直人の脳内は一瞬でフリーズした。
人間は予想外の再会をすると、驚くほど語彙が消える。
「え、あ、あの、その」
完全にバグった直人を見て、美咲は笑った。
「あの時ね、正直びっくりしたけど、ちょっと嬉しかったよ」
直人は人生で二度目のフリーズをした。
しかも今回はポジティブな衝撃だった。
美咲は続けた。
「ただ、あの状況で返事する勇気はなかったかな」
それはそうだと直人は思った。
教室三十人の前で恋愛の最終判断を迫られる状況は、もはや公開オーディションに近い。
二人は近くのカフェに入った。
会話は意外と自然に続いた。
仕事の話、昔の友達の話、どうでもいい流行の話。
そして最後に、美咲が言った。
「私、あの後、直人くんのこと少し気になってたよ」
人生はタイミングのゲームだと、直人はその瞬間に理解した。
過去を思い出すことは、必ずしも恥ずかしいだけじゃない。
そこには、その時の本気とか、不器用さとか、笑える失敗とか、全部が詰まっている。
そして人は、大人になってからそれをやっと笑える。
美咲はカップを置きながら、スマホの画面をちらっと見せた。
「ねえ、こういう距離感のやつ、今読むと面白いよね」
そこには“友達以上恋人未満”みたいな言葉が並んでいて、直人は妙に納得してしまった。
同じように揺れる空気感が好きなら、バレンタインに揺れる友達以上恋人未満の距離も、あとでこっそり読んでほしい。
「直人くんはさ、今だったらどうするの」
「黒板は使わない」
即答すると、美咲は吹き出した。
「でもね、あの黒板、私の中では悪くなかったよ」
直人は思った。
それが本音なら、彼の黒歴史はただの事故ではなく、笑い話として救われたことになる。
帰り際、美咲は小さな箱を渡した。
「これ、今年は普通に」
中には小さなチョコが入っていた。
直人は少しだけ照れながら言った。
「今度は黒板使わないから」
「うん、できれば静かにお願い」
その言い方が可笑しくて、直人は笑った。
コンビニのバレンタインコーナーは、相変わらず賑わっていた。
でも直人にとって今年は、過去を思い出す日じゃなく、少しだけ前に進めた日になった。
人生の黒歴史は、意外と未来の笑い話になる。
もしあなたにも思い出すバレンタインがあるなら、それはきっと、ちゃんと生きてきた証拠だ。
ちなみに「断られた後に残る優しさ」って、後から効いてくるタイプのやつだ。
心がじわっとする話が好きなら、バレンタインに断られた後に残った小さな優しさも、今の気分に合うかもしれない。
あなたの中にも、思い出すと少し笑ってしまう過去はありませんか。
共感できたら、他の「記憶×恋」の物語もきっと刺さります。
次の一編も、ぜひ続けて読んでみてください。
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小説「バレンタインに過去を思い出す初恋黒歴史」の続編は、noteにて公開しています。
再会のあと、直人と美咲が“次の一歩”でどんな黒歴史を上書きするのか、よろしければこちらもご覧ください。
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