
「初雪の記憶」
初雪の日、僕は玄関を飛び出した。
雪を踏む音が嬉しくて、子犬のようにはしゃいだ結果、足を滑らせて転んだ。
「大丈夫?」 声と共に手が差し伸べられる。
顔を上げると、そこには僕と同じくらいの年の少女が立っていた。
白い息を吐きながら微笑む彼女の顔が、曇った空の下で不思議と輝いて見えた。
「ありがとう」と僕は震えながら手を掴んだ。
「気をつけてね」 それだけ言うと、彼女はくるりと振り返り、雪の中に消えていった。
それから何年も経った。
記憶の中のその光景は色褪せず、彼女の笑顔だけが鮮明に残っている。
ただ、名前もどんな服を着ていたのかも覚えていない。
不思議なのは、毎年初雪が降るとき、必ず同じ光景を見る気がするのだ。
彼女が差し伸べてくれた手、微笑んでいた顔。
まるで、時間が止まっているかのように。
今年もまた、初雪の日が訪れた。
玄関を開けて外に出ると、白い雪が静かに降っていた。
ふと足元を見ると、そこに一枚の手紙が落ちていた。
「雪が好きな君へ」とだけ書かれたそれは、いつかの彼女が残したものだろうか。
振り返ると、街灯の下に誰かが立っていた。
でも、その姿はまた雪に溶けるように消えてしまった。
あの瞬間の記憶は、僕の中で永遠に初雪と共に生き続ける。
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