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ひと言小説「隣の音」

「静かな別れ」

毎晩、隣の部屋からピアノの音が聞こえた。🎹

部屋に帰ると、疲れた心を優しく撫でるように、音が流れてくる。

弾いているのはどんな人なのだろう。

男性だろうか、それとも女性だろうか。

いつしかその音は、私の日常に欠かせないものになっていた。

けれど、その日、音は止まった。

一日だけなら、そんなこともあると思えた。

しかし二日経っても三日経っても、静寂は続いた。

心にぽっかりと穴が空いたような気分だった。

「何かあったのだろうか?」

不安が募り、ついに意を決して隣のドアを見に行く。

そこには、貼り紙があった。

「引っ越しました」

ただそれだけの言葉。

シンプルすぎる一枚の紙が、私の心に重くのしかかる。

「さよなら」と書いてあるわけでもないのに、まるで大切な人と別れたような感覚が胸に広がる。

部屋に戻り、窓を開ける。

外の音が、やけに騒がしく聞こえた。

それでも、もうあのピアノの音はどこにもない。

私は目を閉じて、あの音を思い出そうとした。

柔らかく、穏やかで、温かい旋律が心の中にかすかに蘇る。

今頃、ピアノを弾いていた人はどこにいるのだろう。

新しい場所でも、きっと変わらずに弾いているのだろうか。

耳を澄ましても、部屋はただ静かなまま。

けれどその静けさが、少しだけ優しく感じられた。🌱

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