
「消えた文字に込められた想い」
雨がしとしと降る午後、私は散歩の途中で道端に落ちていた紙切れを見つけた。
濡れた紙は所々文字が滲んでおり、拾い上げると指先に冷たい感触が伝わった。
雨水が染み込んで重くなったそれには、薄く青いインクで書かれた文字がかすかに見える。
最初はただのゴミだと思って無視しようとした。
けれど、ちらりと見えた文字が目を引いた。
私の名前。
紙の端には確かに、私のフルネームが記されていた。
そして、その下に読み取れる文字は——「ありがとう」。
心臓が跳ねるように鼓動した。
なぜこんなものが、雨の中に落ちているのか。
しかも自分の名前が書かれているなんて。
家に持ち帰り、慎重に乾かした。
文字はさらに薄くなり、ほとんど消えかけている。
しかし、何とかしてその意味を知りたいという気持ちが私を突き動かした。
翌日、近くの公民館に持ち込み、職員の方に相談した。
「手紙ですか?少し古い紙のようですが…」
彼らも驚いたようだった。
職員の勧めで地域の掲示板やSNSに情報を投稿した。
手紙を失くした方、あるいは書いた方はいませんかと。
数日後、一人の女性から連絡があった。
「それ、私が書いたものかもしれません」
指定された喫茶店で待ち合わせた。
雨は止み、薄曇りの空の下、カフェの窓際で彼女が微笑んでいた。
「この手紙、あなた宛のものでした」
彼女の言葉に、私は一瞬息を呑んだ。
聞けば、彼女は高校時代の同級生だった。
当時、何気ない一言で彼女を救ったことがあったらしい。
「感謝の気持ちを伝えたかったけど、直接言えなくて…。
だから手紙に書いて渡そうと思って。
でも結局、渡せなかったんです」
手紙はそのまま捨てられることなく、彼女の引っ越しの際に紛れてしまったらしい。
そして最近、荷物を整理している最中に再び現れ、手違いで外に落ちてしまった。
「こんな形で見つかるなんて…運命みたいですね」
彼女の笑顔が、雨上がりの空のように澄んでいた。
私は手紙を返しながら、心の中で思った。
人生にはこうした小さな奇跡が、静かに舞い降りるものなのだと。
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