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ひと言小説「雨の匂いに揺れる記憶」☔️

「雨と初恋の欠片」

雨の匂いが、ふと立ち止まらせた。

アスファルトに落ちる雨粒の音が、記憶の扉をノックする。
傘を持たない私は、濡れた髪を気にしながら駅のホームに立っていた。

“雨の日には必ず傘を貸してくれたあの人”。

目を閉じると、彼女の笑顔が浮かぶ。
最後に見たのは、いつだったのだろう。
あの日も、こうして雨が降っていた。

突然、スマートフォンが震えた。
画面には見慣れない名前。

“知らない番号からの着信”。

躊躇いながらも通話ボタンを押す。

「もしもし…」

返ってきたのは、懐かしい声。

「久しぶり。元気にしてた?」

心臓が跳ね上がる。思わず声が詰まる。

「どうして今…急に?」

「たまたま近くに来て…どうしても話したくて」

その声は、あの頃と変わらない優しさに満ちていた。
胸が締め付けられる感覚とともに、雨の匂いが深く沁み渡る。

改札の向こうに、彼女の姿があった。

微かに濡れた髪、そして手に持つ一本の傘。
それは、かつて私が彼女にあげたものだった。

目が合う。
彼女は軽く微笑んで、手を振った。
だが、その瞬間、足元の水たまりに映る彼女の姿が揺れる。

目をこらすが、彼女の姿はどこにもない。

ただ、そこには一本の傘だけが残されていた。
開いた傘の裏地に、小さな文字が書かれている。

「忘れないでね」 雨の匂いが、また強くなった。

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