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ひとこと小説「名前のない招待状」

あの日の春を、もう一度咲かせたくて🌸

春の午後、ポストの中に一通の封筒が差し込まれていた。
差出人の名前も、宛名もない。

けれど、見覚えのある薄いクリーム色の紙に、僕は心臓が跳ねる音を感じた。
──それは、遥の使っていた便箋だった。

高校時代、僕と遥は文芸部で、よく手紙を交換していた。
まるで文通のように。
すれ違いざま、机の引き出し、図書室の本の間。
直接言えない気持ちは、全部文字にして渡していた。

「好きだよ」も、「ありがとう」も、全部紙に書いた。

けれど、あの卒業式の日──
遥は遠くの大学へ行くため、姿を消した。
告白の返事もないまま。

僕はずっと、その理由を知りたくて、でも知るのが怖くて、
手紙も送れず、連絡も絶ったままだった。

だけど、今。
この「名前のない招待状」は、あの日の続きを語ろうとしているように思えた📩

中を開けると、一枚の地図と日時が書かれていた。
場所は、あの高校近くの桜並木。

──春分の日、14時。

その日、僕は地図の示す場所へ向かった。
桜はちょうど満開だった。

風に舞う花びらの中、
僕の視界に、小さなベンチに座る女性の姿が現れた。
──遥だった。

数年ぶりに見るその姿は、少し大人びていて、でもあの頃と変わらない笑顔を浮かべていた。

「来てくれて、ありがとう」

その声に、すべての言葉が詰まった。

「どうしてあの日、何も言わずに……?」

僕の問いに、遥はかすかにうなずいて、答えた。

「好きだったからこそ、別れの言葉を渡したくなかったの」

「でもね、気づいたの。
どんなに遠くに行っても、あなたの言葉が、私の中にずっと残ってた。
だから、今度は私から渡したかったの。返事を」

そう言って、遥は一枚の紙を差し出した。
そこには、あの頃の丁寧な文字で、こう書かれていた。

「──好きでした。そして今も、好きです」💌

僕はそれを読んで、言葉を失った。

桜の花が、二人の間にそっと舞い降りる。
名前のない招待状。
それは、想いを再び咲かせるための、春からの贈り物だった。

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