
「波に消される二人」
砂浜に刻まれた二人の足跡は、寄せては返す波に触れるたびに、少しずつ形を失っていく。
「また、ここに来ることになるなんてね。」
彼女がそう呟き、遠くを見つめる。
夏の終わりに訪れたこの海は、まるで記憶の断片を映し出すようだった。
彼女との最後の思い出は、10年前のこの場所。
青いパラソルの下で笑い合い、夜になれば砂に寝転んで星を眺めたあの日々が、突然胸の奥で蘇る。
「そうだな。あの頃と、何も変わらない気がするよ。」
彼は笑うが、その目はどこか寂しげだ。
沈む夕日が二人の影を長く引き伸ばす中、彼女がふと立ち止まり、足元を見つめた。
「私たちの足跡、もうすぐ消えるね。」
波打ち際に目を向けると、足跡が波にさらわれ、跡形もなくなる瞬間だった。
「消えるのが怖い?」
彼が優しく尋ねる。
彼女は小さく首を振る。
「むしろ、いいと思う。きっと、新しい足跡を残せるから。」
静かな波音の中で二人の視線が交わる。
しかし、次の波が打ち寄せた時、彼女は背を向けて歩き出した。
振り返ることなく、砂浜の向こうへ消えていく。
残された彼は、一度深呼吸し、そして足元の消えゆく足跡を眺めた。
「次は、どんな足跡を残すんだろうな…」
そう呟く彼の声は、波音に溶けて消えていった。
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