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ひとこと小説「封筒の中身」

「あの頃の気持ちは、ちゃんと届いていたのかもしれない」

引っ越しの準備をしていたある日、実家の押し入れから古い小箱が出てきた📦
母が「昔のあんたの私物、捨てる前に見ておきなさい」と渡してきたもの。

中には、学生時代のプリント、色あせた写真、そして一通の封筒。
名前も宛名もないその封筒に、なぜか心が引っかかった。

開けてみると、便箋が一枚と、四葉のクローバーの押し花🍀
優しい文字で、こう書かれていた。

「拓真くんへ。卒業式のあと、渡せなかった手紙です」

息が止まりそうになった。
その名前で僕を呼ぶ人は、沙耶しかいなかった。

高校三年の春。
僕は彼女に告白しようとしていた。
でも、彼女は突然、転校してしまった。
理由も言わず、何の挨拶もなく。

手紙にはこう綴られていた。

「最後の日、昇降口で待ってたけど、会えなかった。
だから先生に、あなたに渡してほしいって頼みました」

……そうか。
この手紙は、担任の先生経由で母に渡されていたんだ。
きっと母は内容を見ず、「また今度渡せばいい」と思って、そのまま保管してくれていたのだろう。

それから何度も春は訪れたけど、
僕の中で“あの春”だけは、ずっと終わらずにいた。

友人との会話でふと思い出すのも、
満開の桜を見るたびに心がざわつくのも、
全部、沙耶がいた春のせいだったのかもしれない。

10年以上も前の想いが、今、僕の手に届いた。

手紙の最後に、こんな言葉があった。

「誰かを好きになるって、少しだけ世界が明るくなることなんだと、あなたが教えてくれました。
この気持ちは、ちゃんと伝わらなくても後悔してません。
でも、あのとき、勇気が出せなかった自分にはちょっとだけ悔いがあります」

僕はそっと押し花を手帳にはさんだ。
もう彼女の居場所もわからない。
でも、確かにあの春、僕は誰かに想われていた。

過ぎた季節が、静かに胸を温めていく――🌸

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