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残業アラーム★演歌が響くオフィス大脱走劇

定時退社の歌声騒動

八月のある日。
炎天下から逃げ込むようにオフィスへ戻った僕は、時計の針が午後五時を指す瞬間を待っていた。

「やっと今日も終わりか…」

書類を閉じ、PCをスリープにしようとしたその時だった。
突然、天井のスピーカーから妙に艶のある演歌が流れ出した。

「か〜えろう〜♪ か〜えろう〜♪ 残業は罪〜♪」

「な、なんだ!?」

オフィス全体がざわめいた。
総務部が新しく導入したという「残業アラーム」らしい。
しかもなぜかBGMが演歌調。

「課長、これ本気ですか!?」

「本気だ。定時になったら強制的に流れるんだと」

「なんでこんな歌謡ショーみたいなやつを…」

「総務の佐山が“退社は祭りだ”とか言い出してな」

それから毎日、午後五時になると社内は「演歌ライブ会場」と化した。

「残業す〜るのは〜裏切りだぁ〜♪」

「わはは!今日も来たぞ!」

隣の席のユウタがノリノリで机を叩きながら合いの手を入れる。
新人のサトミまで立ち上がり、ペンをマイク代わりにして口パクし始めた。

「帰ろう〜♪ カラオケじゃないんだから!」

僕の叫びは完全にかき消された。

数日後。
アラームは進化を遂げていた。
ただの演歌ではなく、曜日ごとに曲が変わるのだ。

月曜:「残業ブルース」
火曜:「定時のワルツ」
水曜:「帰宅シャンソン」
木曜:「残業バイバイバラード」
金曜:「花金音頭」

「課長!曜日ごとにジャンル変わってますよ!」

「うむ。総務がカラオケ会社と提携したらしい」

「誰得ですか!」

しかし社員たちは徐々に慣れ、定時退社時には自然と踊り出すようになってしまった。
エレベーター前には「帰宅ダンス部」と呼ばれる集団までできた。

ある日、取引先の担当者が打ち合わせのためオフィスに来ていた。
時刻は午後五時直前。
嫌な予感がした。

「今日こそ静かに終わってくれ…」

だが、願いは無駄だった。

「か〜えろう〜♪ 今日も〜♪」

スピーカーから響いたのは、よりによってド演歌の大合唱。
しかも社員全員が立ち上がり、取引先の前で一斉に踊りだしたのだ。

「え、えーと…御社、なかなか陽気ですね」

「ち、違うんです!普段はもっと真面目で!」

必死に弁明する僕をよそに、課長は取引先を巻き込み手拍子を煽っていた。

そして事件は起きた。
金曜の「花金音頭」の日、アラームがシステムエラーを起こしたのだ。
止まらない。
一時間延々と「帰ろうコール」がループし続けた。

「帰ろう〜♪ 帰ろう〜♪」

「もう帰ったよ!!」

社員たちは帰宅したはずなのに、残った僕とユウタだけがオフィスで音楽に閉じ込められていた。

「先輩…これ、もしかして残業アラームの逆襲っすか?」

「ふざけんな!もう頭から離れないだろこれ!」

翌朝。
全員の口癖が「帰ろう」になっていた。
営業会議でも、資料を読み上げた部長が最後にこう締めくくった。

「…以上。帰ろう」

数か月後。
この「残業アラーム」は全国ニュースに取り上げられた。
「日本一陽気な会社」として紹介され、求人応募が爆増。

だが当の社員は、もうすっかり疲弊していた。
四六時中、脳内で「帰ろうメロディ」が流れているのだ。

「課長…これ、やめられませんか…」

「うむ、残念ながら。今や我が社のブランドイメージだからな」

「ブランドって…!」

僕は心の中で叫んだ。
このままじゃ、仕事中にまで「残業ブルース」を口ずさむ体質になってしまう。

だがその日も定刻になると、スピーカーはお構いなしに鳴り響いた。

「か〜えろう〜♪ か〜えろう〜♪」

僕の足は自然と立ち上がり、踊り出していた。
オフィスの出口に向かいながら、隣のユウタと声を揃えた。

「帰ろう〜!帰ろう〜!」

結局、僕らは完全にアラームに支配されてしまったのだった。

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