
リスに学ぶズル休み術
その日、佐藤健太は会社に行く準備をしながら、どこか身体が重いと感じていた。
「また会議か……資料作るだけで終わるのに、出席する意味あるのかよ」
ネクタイを緩め、窓の外に目をやると、電線の上で一匹のリスが丸くなってうとうとと居眠りをしていた。
まるで日差しを満喫するかのように気持ちよさそうに。
「うわ……リスも昼寝してるのに、俺だけ会議か」
そうつぶやいた瞬間、健太の胸に強烈な誘惑が走った。
——俺も、休んじゃおうかな。
だが、そのリスはただのリスではなかった。
近所では「昼寝アイドル」と呼ばれ、散歩中の子どもやお年寄りがスマホで写真を撮ってはSNSに上げている存在だったのだ。
「今日のリスちゃん、ベストショット!」
「リスちゃん、寝顔かわいすぎる!」
健太はついに会社へ「体調不良で休みます」とメッセージを送り、リスを眺めながらソファにごろんと横になった。
——しかし、運命はここから転がり始める。
翌日、健太がスーパーに行くと、店先でリスの写真展が開かれていた。
「うとうとリス特集」
ポスターには、まさにあの昼寝中のリスの姿がプリントされている。
さらに驚くべきことに、リスの公式ファンクラブが立ち上がり、会員は「昼寝推奨証明書」なるものを受け取れるというのだ。
「え、昼寝って公認されちゃうのか?」
健太は半ば呆れながらも、どこか心惹かれた。
会社をズル休みする言い訳が、もはや“社会的に承認された活動”になりつつあったからだ。
数日後、リスの追っかけ仲間たちと出会った健太は、昼休みに「昼寝同好会」を発足。
メンバーは公園に集まり、リスと一緒に日なたでうとうとする習慣を広めていく。
「ねえ、上司に怒られない?」
「“リスが眠ってるので仕方ない”って言えばいいんだよ」
「なるほど、それ最強!」
噂は瞬く間に広がり、会社員たちがこぞって昼寝を推奨し始めた。
大手企業までもが福利厚生に「昼寝制度」を導入。
昼寝制度のニュースが流れるたび、リスの映像がテレビやSNSで流れ、日本中が眠気と笑いに包まれていった。
リスは街のマスコットに任命され、駅前広場には「うとうとモニュメント」まで設置された。
健太の生活も大きく変わっていった。
以前は会議で寝て怒られていたのに、今では「模範的なリスライフ実践者」として表彰される始末だ。
「まさかズル休みが、こんな栄光をもたらすとはな……」
さらに町内では「昼寝フェス」が企画され、巨大なベッド型フロートの上で人々が集まり、音楽を聴きながら昼寝をするという斬新なイベントが誕生。
子どもたちはリスのぬいぐるみを抱きしめ、大人たちは「今日は昼寝日和だね」と微笑み合う。
「うとうとリス」が広げた波紋は、ただの癒しを超えて、社会全体のリズムをゆるめていった。
そして健太は気づいた。
「昼寝って、ズルじゃなくて、生きる知恵なんだな」
電線の上のリスは相変わらず、日差しを浴びて目を細めていた。
それを見た健太は、また静かにソファに横たわる。
「リス先生、今日も一緒に授業お願いします」
その瞬間、遠くから聞こえた子どもの声が街に響いた。
「見て!リスちゃん、また寝てるよ!」
——その寝顔が、今日も誰かの心を救っているのだった。
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