
冷蔵庫と奇跡の遭遇
「バター買うの忘れた!」
買い物帰りのサエコは、急いで冷蔵庫の扉を開けた。
ところが——その中には、スーツ姿の男が座っていた。🥶
「え?」
声にならない悲鳴をあげて数歩下がる。
彼は冷蔵室の下段から顔を出し、真剣な顔で言った。
「七夕の願い事、叶えに来ました」
手には短冊。そこには『目薬代』と書かれていた。
思考が停止するサエコ。
冷蔵庫の野菜室にはいつものミニトマト、横には彼の革靴。
「なぜあなたがここに⁉️」
彼は照れ笑いしながら、こう続けた。
「いや、実は……この冷蔵庫、“願い事が届くポータル”なんです」
「は?」
「あなたの“バターほしい”って声に導かれて、飛んできたら冷蔵庫でした」🧈
話を聞けば、彼の名は“ヒコセイ”。
七夕の夜、短冊に願いを書いた人の元へと届けられる“短冊配達員”らしい。
「じゃあ、織姫は?」と問えば、
「彼女は棚卸し中で…今日は僕が代理で」
「そんなアナログな世界ある?」
サエコは笑いながらも、彼が持っていた短冊の筆跡や、冷蔵庫内の寒さに妙なリアルを感じていた。
彼は冷蔵庫の中から、包装されたバターを差し出した。
「願い事、届きました」
なぜか感動してしまったサエコは、笑いながら受け取った。
「ありがとう。でも目薬代っていうのは?」
「僕の願い事です。ドライアイで……」
結局その夜、二人は冷蔵庫の前で話し込み、短冊を書き合った。
『また会えますように』と。🌌
サエコは、久しぶりに願い事を真面目に書いた気がした。
翌朝、冷蔵庫にはもうヒコセイはいなかった。
けれど、代わりに新しい短冊が1枚、扉に貼られていた。
『冷凍庫にチョコレート入れる派です』
その日からサエコは、冷蔵庫を開けるたびに少しワクワクしている。
バターがあるかどうか、ではなく。
——誰かがまた、願いを届けに来るかもしれないから。
七夕の願い事。
それは、冷蔵庫の中で出会った、小さな奇跡の物語だった✨
コメント