
社畜を置き去りに💨
就職して3年。
朝は誰より早く出社し、夜は終電。
ミスは許されず、笑顔も忘れた。
限界だった。
でも、辞める勇気はなかった。
そんなある日、社内メールの誤送信で届いた謎の案内――
件名は「出世街道チャンス説明会」。
中身はたった一文。
出世街道は、走る者にしか見えません。
意味はわからなかった。
でも、もう全部どうでもよくなった。
朝、誰にも告げず、スーツのまま原付バイクにまたがり、会社とは逆方向へアクセルをひねる。
目の前には、どこまでも続く田舎道。
空は青く、風は自由だった。
だが、ミラーにふと映る影に心がざわつく。
スーツ姿の部長と課長が、なぜか道の真ん中を走っている。
部長は書類を振りかざし、課長はハンコを掲げて怒鳴っている。
「健太ァァァ!!」
「この仕事、君じゃなきゃ無理なんだよ!!」
「は?なんで追いかけてくるの!?」
振り返っても誰もいない。
だがミラーの中では、二人の足音がどんどん近づいてくる。
「あれは……幻覚?」
胸の奥にこびりついた“責任”とか“プレッシャー”とか。
そういうのが、スーツを着て実体化してる気がした。
「ここで止まったら、またExcel地獄だ……」
そのとき、道の先に一人の男が立っていた。
会社を辞め、旅に出た先輩・花村だった。
「迷ったら、走れ」
風にシャツをなびかせて彼は言った。
「出世ってのは、誰かに追われてるときにこそ、本気で掴みに行けるもんだ」
健太は静かにうなずき、心のギアをもう一段上げた。
「行くぞ、俺の人生――ッ!!」
そして、風になった。
その日、健太が出社しなかったことで、職場は朝から少しざわついた。
「体調不良か?」「連絡は?」と課長が何度も電話をかけ、部長は書類を見ながら「まったく、月曜に限って……」とぼやいた。
しかし、昼を過ぎても音沙汰はなく、スマホも不通。
次第に職場には、別の空気が漂い始める。
ふと、若手のひとりがつぶやいた。
「……あの人、なんか最近、限界っぽかったっすよね」
その言葉に、課長は机の書類を見つめたまま、小さくため息をついた。
「ま、健太らしいっちゃらしいな」
部長も黙って、コーヒーを一口すすってからぽつりと漏らした。
「逃げるってのも……時には正解かもな」 それは、怒りでも呆れでもなかった。
ただ、誰にもできなかった選択に対する、ほんの少しの羨望と、静かな敗北感だった。
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