
ゴロゴロ音がパスワード
「また回線落ちかよ!」
高校二年生の悠斗は、オンライン授業のたびに頭を抱えていた。
田舎の家は光回線が来ておらず、ポケットWi-Fiもやたら不安定。
授業が始まったと思ったら、すぐに固まり、気づけば先生の声はロボットみたいに途切れ途切れになる。
そんなある日、悠斗が床に寝転び、飼い猫のミルクの背中に顔を埋めていたときだった。
ミルクは満足そうに「ゴロゴロ」と喉を鳴らし、その瞬間、悠斗の画面がなぜかカクつかなくなった。
「……え?まさかミルクがWi-Fi中継器?」
半信半疑で試し続けた結果、どうやらミルクの背中に顔を乗せているときだけ、ネットが驚くほど快適になると判明した。
しかも、ゴロゴロ音が強いほど回線速度が速くなるという不思議な法則まである。
「これが……ネコの背中Wi-Fi……!」
悠斗は秘密の発見に震えた。
次の日から授業は全てミルク頼みになった。
だが、猫にだって気分がある。
ミルクがどこかに行ってしまうと、悠斗の授業は即終了だ。
寝室にこもられたら、ノートパソコン片手に追いかけるはめになる。
「悠斗、お前何やってんだ?」
リビングで兄に見つかり、慌てて誤魔化す。
「え、いや、その……ネコと一緒に勉強してるだけ」
「お前……ついに猫依存症か?」
秘密を知られるわけにはいかない。
悠斗は猫を追いかけながら、必死で笑ってごまかす日々を過ごした。
ところが、ある日の授業中、ミルクが突然ジャンプして机の上に飛び乗り、クラスメイトの画面に映ってしまった。
「悠斗くん、猫かわいい〜!」
女子たちのチャット欄が一気に「♡」で埋まる。
その中に、悠斗が密かに憧れていた同級生の美咲のコメントもあった。
「その子、いつも一緒なの?」
悠斗は思わず本音を漏らしてしまった。
「う、うん……こいつがいないと授業がつながらないんだ」
「え?どういう意味?」
ごまかそうとしたが、ミルクがタイミングよく「ゴロゴロ」と大音量で鳴き始めた。
画面の向こうで美咲が笑う。
「まさか……Wi-Fi代わり?」
クラス中が大爆笑に包まれる。
悠斗の秘密は、ついにバレてしまった。
しかし、それから不思議なことが起きた。
クラスメイトが次々と
「うちの猫でも試したけどダメだった!」
「うちの犬はブルブル震えるだけだった!」
と報告し、結局「悠斗の家のミルク限定」という結論に落ち着いたのだ。
いつしか悠斗は「ネコWi-Fiの男」と呼ばれ、学校の人気者になっていった。
その後、美咲がこっそり声をかけてきた。
「ねえ悠斗くん……今度、ミルクに会わせてくれない?」
悠斗は赤面しながら頷いた。
ミルクが繋いでくれたのはWi-Fiだけじゃなかったのだ。
彼の青春も、しっかりとつながっていった。
ふとある日、授業の合間にニュースアプリを眺めていると、タイムラインに猫特集が流れてきた。
気まぐれでタップすると、大学生と白猫の物語が目に飛び込んでくる。
悠斗は思わず笑ってしまった。
「これ、うちと似てる」
リンク先の見出しは 猫カメラ日記にゃんとも映える青春物語。
猫と日常がちょっとだけ特別になる感じが、まさに今の彼に刺さった。
翌日、放課後に美咲からメッセージが届く。
「この前の猫の話、すごく面白かった。そういえばさ、会社のインターンで“上司ガチャ”って言葉が話題になってて…」
彼女はスマホのスクショを送ってきた。
そこにはカプセルマシンの写真と、どこか既視感のあるタイトル。
「これも笑ったよ」
タイトルは 上司ガチャ!AIが考えた小説 – カプセルの中の運命。
理不尽も笑い飛ばすテンポの良さに、悠斗は元気をもらった。
週末、ミルクが珍しく外を眺めて鳴いた。
兄が「散歩にでも連れてけって合図だな」と笑う。
帰り道、商店街の張り紙に目が留まる。
猫カフェの新しいイベント告知だ。
「今度行ってみようか」
美咲に写真を送ると、すぐに既読が付いた。
「行く!ちょうど関連の短編読んでたところ」
彼女が貼ってくれたのは タイトルが猫カフェで大事件⁉️ 伝説の猫がやらかしただった。
どたばたな展開に二人で吹き出し、デートの行き先は自然と決まった。
猫がつないだのはWi-Fiだけじゃない。
気づけば、会話も予定も、そして小さな勇気も、一本の見えない回線で結ばれていた。
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