駄洒落満載の猫店長伝説
「本日はネコ日和につき、店長代行のノマドですニャ。」
カフェのドアが開いた瞬間、ふてぶてしい顔の猫がレジ前にドスンと座った。
首輪はしていないのに、態度は完全に管理職。
見渡す限りの客席をゆっくり見回し、最前列のサラリーマンの膝へスタッとジャンプ。
「ちょ、今大事な資料を…って、スペースキー連打やめろ！」
画面には謎の点線が延々と続く。
「……これが“ノマド点線”か。」
同僚に送ったら、返ってきたメッセージはこうだ。
「その無駄に長い余白、令和のミニマリズム。採用。」
プレゼンはまさかの大成功。
猫の前足が昇進を呼ぶ世界線が誕生した。
「店長、抹茶ラテください。」
常連の女子高生が言うと、ノマドはレジのボタンを前足で「にゃっ」とタップ。
押されたのは“特盛パフェ”。
「ちょっと！ダイエット中なんですけど！」
「猫が押したなら、食べるしかないね。」とマスターが妙にキレのある返答。
結局パフェは完食され、女子高生はSNSにこう書いた。
「人生はパフェ、悩みはサクランボサイズ。」
いいねが爆伸びし、彼女は“パフェ哲学女子”として校内のスターになった。
商店街のパン屋に現れたノマドは、最上段の棚でドヤ顔ポーズ。
通りすがりが立ち止まるたびに尻尾をピンと立てる。
「猫に釣られてパンを買うな、パンに釣られて猫を撫でろ。」
店主が叫ぶが、行列は伸びるばかり。
「猫パン売り切れました。」
「そんな商品は存在しないはずだが。」
翌日、本当に“ねこ耳メロンパン”が新発売になった。
老夫婦はレジ横に小さな名札を置いた。
《名誉店長 ノマド》
昇進のスピード感が人事部泣かせである。
シェアオフィスにも出没するノマド。
徹夜続きのデザイナー美希のキーボードを勝手に踏み、デザインソフトに不可解なコマンドを連打。
画面には猫のシルエットだらけの総柄が出現した。
「いや、これは絶対ボツ…」
朝になって持ち込んだところ、クライアントは立ち上がり拍手した。
「これだ、令和の“にゃんダードパターン”だ。」
名称はダサいのに、受注は爆増。
美希はノマドの首元に小さくお辞儀した。
「クリエイティブディレクター代行、恐るべし。」
夕暮れの川沿い、失恋青年がベンチでスマホを握りしめていた。
「未読スルー、既読スルー、最後は猫スルー…」
ノマドは青年の膝にのしっと乗り、画面を前足でタップ。
送信された文字は「ニャー」。
「やめろ、猫語は国際共通語じゃない！」
しかし元カノからすぐ返信が来る。
「それはそれで元気出た。ありがと。」
青年は鼻をすする。
「猫、君は恋の“にゃかなおり要員”か。」
ノマドは尻尾でOKサインを作る風に床を叩いた。
観光客の女性がカフェで注文に困っていた。
「ウィ、ノン…いや、イエス…」と謎の多言語を放つ。
ノマドがレジに乗り、見事な前足スライドで“抹茶ラテ・オーツミルク・シナモン多め”を確定。
「パーフェクトにゃ。」
「オーマイキャット。」
女性は感嘆して写真を撮り、ハッシュタグ #CatBarista を付けて投稿。
世界のどこかでバズり、いつの間にか店の前に外国人の列ができた。
「猫に注文を任せるツアー、本日満席です。」
マスターが真顔でアナウンスする日が来るとは。
極めつけは夏祭り。
ノマドは御神輿にちゃっかり乗り、金魚すくいの台に前足をちゃぷ。
「それは金魚すくいではなく“水面タップ”です。」
子どもが言うと、ノマドはスッと手を引いて扇風機の前に座り、毛並みをドライヤーのようにふわふわさせる。
踊りの輪が広がると、どこからともなくかけ声が生まれた。
「ニャッショイ、ニャッショイ。」
明らかに不正規の掛け声だが、圧倒的に楽しそう。
祭りのフィナーレで、花火と同時にノマドが大あくび。
「大将、締めの合図ありがとな。」
実行委員長が猫に頭を下げ、伝統行事の威厳はどこかへ飛んでいった。
そんなある日、街の掲示板にイベント告知が貼られた。
《ノマドと行く、カフェ横断スタンプラリー。景品は“猫の気分”。》
「景品の定義とは。」
ツッコミは殺到したが、当日になれば笑顔で行列ができた。
参加者は“にゃん歩計”と名付けられた歩数アプリで歩数を競い、所々でノマドの気まぐれチェックを受ける。
「そこ、爪とぎタイムを挟むニャ。」
「不正は、毛で見抜くニャ。」
どれも根拠はないのに、妙に納得してしまう統治術。
イベントの途中、突然のハプニング。
カフェの自動ドアが故障して開かない。
「閉店のピンチ！」
ノマドはスッと立ち上がり、ドア前の床でごろんと寝転んだ。
「癒やしで客を外に出さない作戦？」
違った。
しばらくして業者が到着し、猫を撫でながら点検完了。
「かわいいお客様に触れていたら、なぜか作業が早く終わりました。」
現場効率まで上げる猫、労務の希望。
別の店ではポイントカード問題が勃発。
「スタンプを十個ためたら無料なんですけど、猫がスタンプを押しちゃって。」
見れば肉球の朱印がカード一面に連打されている。
「十…いや百あるな。」
マスターは腕を組んで考え、宣言した。
「本日から“肉球は無限”制度を導入します。」
店は拍手に包まれた。
経営の常識も肉球前では形無しだ。
ある雨の昼下がり、拓也はびしょ濡れのスーツで店に入った。
「会議で噛み合わなくてさ。」
ノマドは彼の鞄に顔を突っ込み、一枚の書類を引っ張り出した。
それは企画の“没案”。
「捨てたのに。」
美希がそれをチラ見し、目を輝かせる。
「この没案、ノマド柄でラッピングしたらいけるかも。」
二人は即席チームを組み、“にゃん点線”と“ノマド柄”のダブルコラボ企画書を作成。
クライアントの反応は上々。
「採用。理由は単純、笑ったから。」
会議室に久しぶりの笑い声が戻る。
その夜、カフェに奇妙な客が来た。
全身黒ずくめ、サングラス、無言。
「スパイ…？」
緊張が走る中、ノマドはスルリと足元に回り込み、裾を軽く噛む。
「いたっ。」
男はサングラスを外し、恐縮した。
「実は…猫アレルギーなんですが、あの子を見ると治る気がして。」
医療的因果はさておき、彼はくしゃみをしなかった。
「猫、君は心療内科の非常勤か。」
拓也がつぶやき、いつの間にかみんなが笑っていた。
週末には“逆オフ会”ならぬ“逆オン会”が開催された。
「名前も顔も出すけど、キャラは猫寄りで。」
ルールがカオスだが、全員が猫耳カチューシャを装備して登場。
ノマドは高みから見下ろし、最も似合っている来客に前足でポン。
「本日の“似合いすぎ大賞”です。」
受賞者は泣いた。
涙の理由は不明だが、猫耳は似合っていた。
街は少しずつ変わった。
挨拶の代わりに「ニャ」が混ざり、会議のアイスブレイクに肉球スタンプが使われ、パン屋のショーケースには猫背でも食べやすい高さの棚が増えた。
観光マップには“猫風向き指数”が表示され、風が強い日は“ノマドが毛づくろいする確率”が上がる。
科学的根拠はゼロだが、みんな晴れやかな顔で歩いた。
ある朝、マスターが壁に１枚の額を掛けた。
《本日の格言》
「仕事はノマド、心はのんびり、語尾はニャ。」
「最後の一行が肝だな。」と拓也。
「語尾を変えると、世界はほんの少し優しくなる。」と美希。
女子高生は言う。
「テストの最後に“ニャ”を付けても点は上がらないけど、気分は上がる。」
全員うなずく。
ノマドはカウンターで丸くなり、満足そうに喉を鳴らした。
やがて町内会から正式な依頼が届く。
《ネコノマド様 地域振興アドバイザーに就任いただけませんか。報酬：カツオぶし定期便。》
「待遇がいい。」
ノマドは封筒を枕に昼寝し、返事は保留のまま。
けれど翌日、商店街の掲示板には新しいポスターが貼られた。
《今日もどこかで、にゃんとかなる。》
署名はない。
けれど、誰の仕事かは全員が知っていた。
夜。
静かなカウンターで、拓也は小さく呟いた。
「ノマド、ありがとうな。」
「お礼は魚で。」とマスター。
「違う、気持ちの話。」
「魚も気持ち。」
会話は噛み合わないが、笑いは噛み合う。
ノマドは伸びをひとつして、コップをコロンと倒した。
「おい、まただよ。」
でも誰も怒らない。
こぼれた水は、今日の笑いの余韻みたいにテーブルを光らせただけだった。
そして明日も、ノマドはふらりと現れる。
カフェに、パン屋に、オフィスに、川沿いに、そしてときどき御神輿の上に。
誰かの段取りを少しだけ崩し、代わりに笑いを大盛りにする。
それがこの街の“日常の革新”。
専門用語はいらない。
いるのは、毛と、前足と、ちょっとした駄洒落だけだ。
「働き方はノマド、笑い方はフリーダム。」
誰かがそう言った。
誰かはたぶん、猫だ。🐾
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