視線が消える街で
「誰か……オレの“目”を盗んだ……！」
その叫びが上がったのは、早朝の商店街だった。
八百屋の店主・松井が、泣きそうな顔で叫んでいる。
――ただし、泣きそうな“目”は、そこにない。
本当に“目”だけがなくなっていたのだ。
顔の真ん中に、ぽっかりと空いたスペース。
恐怖と混乱の中、同じような“目なし被害者”が次々と現れる。
しかも彼らは、こう口をそろえる。
「“あの男”とすれ違ったあと、急に目が……」
目撃者が描いたその男の特徴は、
・黒ずくめ
・顔の一部だけ布で覆われている
・そして、やたら大きな“目”を持って走っている
その奇妙な姿から、男はこう呼ばれた。
――目泥棒（めどろぼう）
被害は街中に拡大。
カフェでコーヒーを飲んでいたOLが突然、
「えっ……視線が感じられない……？」と顔を触る。
やはり、そこには“目”がない。
街は混乱に包まれる。
赤信号に立ち止まる人々の顔からも、目が消えていた。
見えないから、信号も渡れない。
スマホも読めない。
鏡に映るのは、目のない自分。
そこへ現れたのが、目を守る警備団“視界防衛隊”。
リーダーの堂島が静かに語る。
「目泥棒の正体は、視線を集めたいだけのSNS亡者……」
「“目”を盗むことで、注目を自分だけに集めてるんだ」
彼らは目泥棒の逃走経路を分析。
ついに駅前広場で対峙する。
目泥棒は満面の笑み――いや、目だけが笑っていた。
そして叫ぶ。
「見ろよ！この目玉！オレが一番“見られてる”んだよォォォ‼」
だが堂島が取り出したのは、
“視線を返す”特殊なレンズ。
それをかざすと、盗まれた目が一斉に持ち主の顔に戻っていく。
「返せぇぇぇえええ！！！」
最後の叫びとともに、目泥棒は光に包まれ、静かに消えた。
――そして静けさが戻る街。
松井は、ふたたび笑顔でトマトを並べながら言った。
「やっぱり、目があるって……ありがたいなぁ」
その日から街では、“目を大切にする日”が制定されたという。
毎年、その日はまちじゅうでアイコンタクト運動が行われている。
そして今も、どこかで誰かが“目”を盗まれているかもしれない――。
コメント