泥んこレースの奇跡
開会のファンファーレが鳴り終わるやいなや、観客席にざわめきが走った。
今日の目玉レース「社長杯ダービー」に、スーツ姿の若手営業マン・佐伯悠斗がエントリーしていたからだ。
しかも悠斗がまたがるのは、体高わずか1メートルの茶色いポニー🐴。
「勝てるわけがない」と笑う同僚たちをよそに、悠斗は小さな相棒ミントのたてがみを優しく撫でた。
「大きさだけが勝負じゃない。俺たちは“勝ち馬に乗る”んだ」
スタートゲートが開く。
1番人気のサラブレッド、2番人気の白馬、3番人気の黒鹿毛……。
巨体が一斉に飛び出し、轟音が観客席を揺らした。
ミントは泥の跳ね返りにも怯まず、悠斗の「いけっ！」という声に合わせて短い脚を必死に回転させる。
第一コーナーで波乱が起きた。
先頭集団の一頭がぬかるみに足を取られ派手に転倒😲。
巻き込まれるように、隣の二頭も転び、さらに一頭がジャンプの着地に失敗して横転。
気がつけば、四頭のサラブレッドと一頭のアラブ馬がコース上に転がり、騎手は泥まみれで「うそだろ！」と叫んでいた。
「今だ、ミント！」
悠斗は手綱を軽く引き、ポニーの向きを変えて倒れた馬たちの間を器用にすり抜ける。
小さな身体と低い重心が功を奏し、ミントだけがバランスを崩さず加速した。
観客席からどよめきが起こり、実況アナウンサーの声が裏返る。
「信じられません！ ポニーが先頭に立った！」
第二コーナーに差しかかる頃、倒れた馬たちが再び走り出すが、泥まみれの騎手は焦りで手綱が定まらない。
悠斗とミントはリズムよく跳ねるように走り、直線に入る。
「こんな小さな馬が勝つわけない」と誰もが思った次の瞬間、悠斗がポケットから紙吹雪🎉を取り出し空へ放った。
白い花びらのように舞う紙吹雪は風に乗り、夕日に照らされて黄金色に輝く。
その下をミントが駆け抜ける姿は、まるで映画のクライマックスシーン。
残り50メートル、差を詰めるサラブレッドの鼻面がミントの尻尾に迫る。
「ミント、ゴールの向こうには営業部の未来が待ってるんだ！」
悠斗の声に応えるように、ミントが最後のひと踏ん張り。
スーツの裾を泥で染めながら、ゴール板を最初に駆け抜けた。
観客は立ち上がり、大歓声と拍手が渦を巻く。
実況は絶叫し、同僚たちは涙目でガッツポーズ。
社長は機嫌よくマイクを握り、悠斗を表彰台に呼んだ。
「小さくても、本当に“勝ち馬”になる者がいる。
悠斗くん、これからわが社の新規事業のリーダーを任せたい」
泥だらけの悠斗は照れくさそうに笑い、ミントの鼻先を撫でた。
「僕はただ、信じた馬に乗っただけです」
紙吹雪と夕陽の中で、ミントが小さくいなないた。
それは、目立たぬ者にも訪れる大逆転のチャンスを告げる勝利のファンファーレだった。
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