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イヌ語会議で企画が通る日 社内の大混乱物語

ワンで動く会社の謎

「この企画、ワンチャンあると思う」
社長がその言葉を気に入ったのは三か月前だった。
それ以来、会議でも雑談でも「ワンチャン」が口ぐせになり、社内はじわじわとイヌ語に侵食されていった。

うちの会社は、動物ネタには妙に寛容で、社内チャットには「ペット翻訳チャット犬が送った初めての既読を読んだ?」なんてリンクが日常的に飛び交っている。
仕事中に何を読んでいるのかは突っ込まないのが暗黙のルールだ。

そんな会社の月曜朝、定例の新商品会議が始まった。
議題は「若者向け家電のキャッチコピーを決めること」。
資料の山を前に、私は営業企画の代表として席に着き、内心で深呼吸した。

「では順番に案を出してくれたまえ」
社長の一声で、各部署が考えてきたコピーを読み上げていく。
マーケ部の田中さんは、トレンド感のある横文字たっぷりの案を披露したが、社長は腕を組んで首をひねった。

「うーん、ワンチャン感じないな」
その一言で、田中さんの一週間分の努力が消し飛んだ。
続く開発部の案も、デザイン室の案も、社長の「ワンチャンセンサー」に引っかからないらしい。
会議室の空気は、早くも犬小屋並みにどんよりしてきた。

「じゃあ、営業企画はどうだ」
ついに私の番が回ってきた。
私は震えそうになる声をこらえながら、自信作のコピーを読み上げた。

「毎日を、すこしだけラクにする家電です」
生活者目線でいったつもりだったが、社長は即座に言った。
「悪くはない。……が、ワンチャン足りない」
ワンチャン足りないとは、もはや何の評価なのかよくわからない。

「社長、具体的にはどのあたりが…」
そう聞きかけた瞬間だった。
会議室の扉が、カチャリと音を立てて開いた。

ひょこっと顔を出したのは、総務で飼っている社犬のポチだった。
お昼が近づくと、総務のフロアをパトロールするのが日課で、今日はついでに会議室まで遠征してきたらしい。
スーツだらけの部屋に、茶色いポチの姿が一匹。
その場にいた全員の視線が、一斉に犬に吸い寄せられた。

「お、ポチじゃないか」
社長は急に顔をほころばせ、椅子から立ち上がった。
「どうだ、ポチ。今のコピー、ワンチャンあると思うか?」
もちろんポチは答えない。
代わりに、尻尾をぶんぶん振って「ワン!」と一声。

その瞬間、社長の目がキラリと光った。
「今の“ワン”だよ!」
会議室の全員が固まる。
ポチはただ元気に吠えただけなのに、社長はホワイトボードに一直線に向かった。

キュッキュッと音を立てて、社長は勢いよくペンを走らせる。
「ワンッと始まる、新生活」
ドヤ顔で振り向く社長。
絶妙に説明しづらいコピーが、会議室に鎮座した。

「ど、どういう意味でしょうか」
恐る恐る質問すると、社長は自信満々に言う。
「ポチの直感だ。犬の勘は人間より優れていると、ペット社会化時代、犬が上司になった日🐾にも書いてあっただろう」
いや、それ社内でバズっていたユーモア小説では。
ツッコみたいが、社長のテンションはすでに最高潮だ。

「よし、今日は“イヌ語で話そう会議”にしよう」
社長がそんな宣言をしたせいで、会議は予想外の方向に転がっていった。

まず、ポチが会議のど真ん中にあるテーブルの上に抱き上げられた。
「以後、この会議ではポチの反応も重要な評価軸とする」
社長の決定により、社員たちは自分のコピー案を読み上げるたびに、ポチの表情と尻尾の振り具合を確認する奇妙な儀式を行うことになった。

「若者の朝に、ワンステップの余裕を」
マーケの田中さんが二案目を読む。
ポチはしばらく首をかしげたあと、クシュンとくしゃみをした。
「だそうだ」
社長は真剣な表情でメモに×印を付けた。

「家事も気分も、スイッチひとつでオンワン」
デザイン室のコピーライターが、苦し紛れにイヌ語を混ぜてきた。
ポチは大きくあくびをした。
「眠くなったようだな。インパクト不足だ」
再び×印がつく。

そんな調子で案が次々と却下されるうちに、私たちはだんだん、自分が何の仕事をしているのかわからなくなってきた。
気づけば皆、ポチの目をじっと観察するスキルだけが急速に上達していた。

会議開始から一時間。
ホワイトボードは没案の山で埋まり、社員の集中力は限界に近づいていた。
ポチだけが、テーブルの上で堂々と伏せを決め、王様のような貫禄を漂わせている。

「では、最後にもう一度だけチャンスをやろう。誰か、ポチの心に刺さるコピーを出せる者はいないか」
社長の一言に、会議室が静まり返る。
誰も手を挙げない。
挙げたところで、犬の気まぐれに左右されるのだ。
そんな賭けに出る勇気はない。

沈黙が重くなりかけたそのとき、ポチが突然、椅子から飛び降りた。
トコトコと部屋の隅まで歩いていき、壁に映った自分の影に向かって「ワンワン!」と吠え始めたのである。

「おお、自分の存在意義について問い始めたのかもしれん」
なぜか哲学的に解釈する社長。
私たちはもう、ツッコミを入れる体力すら残っていなかった。

しばらく吠え続けたあと、ポチは満足したのか、会議室の中央に戻り、資料の山の上にどさりと座った。
その姿を見た瞬間、私はふとひらめいた。

「社長、こんなのはどうでしょう」
私はペンを握りしめ、一気にホワイトボードに書き出した。
「ポチッと押したら、ワンッと片づく」
家電のスイッチを押す音と、ポチの名前と、鳴き声を全部まとめてしまったコピー。
自分でも少しやりすぎたかなと思ったが、背に腹は代えられない。

社長はじっとコピーを眺め、ゆっくりとポチのほうを振り向いた。
ポチはというと、ちょうど大きなあくびをしたところだった。
しかしそのあと、尻尾を一回だけ、ふり、と振った。

「……決まりだな」
社長は神妙な顔でうなずいた。
「この一振りには、ワンチャンどころかスリーチャンくらいの可能性を感じる」
相変わらず基準は謎だが、どうやら合格らしい。
会議室から、ホッとしたような、力が抜けたような笑いが漏れた。

その後、広報チームが「ポチが会議で企画を通した」というエピソードを、軽いノリで社内ブログに投稿したところ、想像以上に反響があった。

「犬が意思決定する会社、最高」
「うちの会社にもポチ貸して」
と、社外からもコメントが集まり、なぜか採用ページへのアクセスまで増えた。

私たちはようやく悟った。
世の中が求めているのは、完璧なロジックより、ちょっと力の抜けた物語なのかもしれない。
そして、うちの会社の未来は、社長より先にポチが決めているのかもしれない。

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