
誰か…普通の座布団を…
「新人の皆さん、正座を保って聞いてください」
和やかムードの中で、講師の声が響いた。
しかし、そんな空気とは裏腹に、真琴(まこと)はすでに青ざめていた。
畳の会場に並んだ座布団の中で、彼女のだけ様子がおかしい。
見た目は普通の赤い座布団。
だが、その中には……びっしりと針が仕込まれているのだ🪡
「なんで私だけ……!」
真琴の太ももから背筋へ、絶え間ない痛みが突き上げてくる。
それでも笑顔を保たなければならない。
そう、これは“研修”なのだ。
導入されたのは、社内AI「ニンゲン改革くん」による新制度。
『集中力向上には軽度な苦痛が有効です』という無慈悲な診断により、
ランダム抽選で“特殊座布団”が選ばれた。
栄えある(?)第一号に選ばれたのが、よりによって真琴だった。
「お尻が……壊れる……」
「でも……やるしかない……」
講師の言葉が一瞬でも聞き逃せば、「集中力不足」と判定される。
同期たちはそれぞれ普通のクッションでくつろぎモード。
誰も真琴に気づこうとしない。いや、気づいても見て見ぬふり。
唯一、隣の男子がチラリと見てつぶやいた。
「マジでやらされるんだ……」
講師は言った。
「社会とは、思いやりと忍耐力が試される場所です」
(いや、試されすぎでしょ⁉️)
だが、不思議なことが起き始めた。
痛みに耐えながらも、真琴は誰よりも背筋が伸びていた。
誰よりも真剣なまなざしで講義を見つめ、誰よりもメモを取った。
「真琴さん、素晴らしい集中力ですね」
講師に褒められ、つい「はいっ!」と返事をする。
声が裏返るほど痛いのに、拍手が起きた。
ついには部長までやって来て言った。
「見込みがあるな。根性が違う」
(いや、それ“針のおかげ”なんですけど?)
迎えた最終日。
全員が立ち上がる中、真琴だけが立ち上がれない。
脚が完全にしびれていた。
「特別努力賞、真琴さん!」
表彰状を受け取るとき、真琴はつぶやいた。
「努力って、物理なんですね……」
だが心のどこかで、少し誇らしかった。
AIに振り回されても、居心地が最悪でも、
耐えた先に“自信”という副産物が待っていたからだ。
今日から彼女は、新しい部署での業務が始まる。
席はもちろん、クッションあり。
……ただし、自前の低反発をしっかり持参した。
「もう二度と、あれには座らないから‼️」
だけど、もし次の新人があの針クッションを引いたら――
彼女は少しだけ、優しく笑ってしまうかもしれない。
「大丈夫よ。私も通った道だから」✨
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