
値上げに気づかぬ猫の冒険
ネコのミルは、毎朝決まった時間にカリカリの袋を見上げるのが日課だった。
今日もいつものように尻尾をゆらしながら待っていると、飼い主のタカシが財布を見つめてため息をついた。
ミルはそのため息の意味など知らない。
彼女にとって大事なのは「今日もカリカリが出てくるかどうか」それだけだった。
実はここ最近、タカシの生活費はじわりと増えていた。
電気代も食費も、じわじわと数字だけがふくらんでいく。
「いつものカリカリ、だいぶ値上がりしたなあ」とタカシがつぶやく。
しかしミルの頭の中には、値段という概念は一粒も入っていない。
ある夜、タカシはスマホで「ペットの支出を見直そう」といった記事を眺めていた。
画面には「どんぐり投資で笑撃の市場バブル」と書かれたリスのどんぐり投資で笑撃市場バブルなんてタイトルも並んでいて、タカシは「動物の世界もお金の話ばっかりだな」と苦笑した。
テーブルの下で丸くなっていたミルは、その言葉だけはしっかり耳に入れていた。
翌朝、タカシは節約のために、いつもより少しだけ量を減らして皿に入れた。
ところがミルは見逃さなかった。
「今日は……少なくないニャ?」と、不満げに皿を覗き込む。
タカシは慌てて「気のせい、気のせい」と誤魔化すが、ミルのひげセンサーは誤魔化せない。
ミルは、皿のカリカリをじっと見つめながら考えた。
「タカシがため息をつくと、カリカリが減る気がするニャ」
それは統計的にもわりと正しい気づきだった。
しかもこの前タカシが見ていた別の記事には「うちの猫、月収10万らしい!?」という刺激的なタイトルが踊っていた。
あれは猫の副業 うちの猫、月収10万らしい!?というユーモア小説のページだったのだが、ミルは知らない。
「月収? それがあればカリカリ増えるニャ?」と、うっすら誤解だけを受信していた。
その日の午後、ミルは家計調査に乗り出した。
といっても、タカシのスマホに前足で乗っかって勝手に操作しただけである。
スクロールのたびに「食費」「光熱費」「雑費」などの項目が流れていく。
ミルの視線は、ある行で止まった。
「カリカリ:1,580円」。
前は1,200円台だった気がする。
ミルは驚きのあまり、スマホを床に落としそうになった。
「これは……カリカリの非常事態ニャ!」
そこからミルの節約モードが発動した。
まずは自宅内の無駄を削減する作戦だ。
いつも無意識でやっていた“おもちゃ転がしマラソン”の距離を短縮し、体力とカロリーを節約する。
寒い日はタカシのひざ掛けの上で丸まり、暖房の使用時間をさりげなく減らす。
タカシはそんなミルを見て「なんだか最近、エコな猫になったな」と首をかしげた。
その裏でミルは「これで浮いた分をカリカリにまわせるニャ」と本気で計算している。
もはや家計簿アプリ顔負けの危機意識である。
翌日、タカシは特売情報をチェックするためにチラシアプリを開いた。
画面にはスーパーの目玉商品が並び、肉や野菜に混じってペットフードの欄が光っている。
「お、カリカリが安いぞ」とタカシが声を上げた。
その瞬間、ミルの耳がぴくりと動き、尻尾がアンテナのように立つ。
「それは、あのいつもの味ニャか?」と、目で必死に訴えた。
買い物から帰ってきたタカシは、大きな袋をどさっと床に置いた。
その中から現れたのは、見慣れたデザインの大容量パックのカリカリだった。
ミルは歓喜のダンスを披露し、タカシの足にすり寄る。
「そんなに喜ぶなら、もっと早く特売チェックすればよかったな」とタカシが笑う。
その夜、ミルはカリカリをぽりぽりと噛みながら考えた。
「値段が上がったり下がったりしても、最後にここにカリカリがあればいいニャ」
皿の中身は、タカシが働いて、ため息をつきながらも選んでくれた結果だ。
そう思うと、いつもより味が少しだけありがたく感じられた。
数日後、タカシはふとスマホを見ながらつぶやいた。
「副業の記事、また増えたなあ。猫が稼ぐ話まであるとは。」
ミルは胸を張って「私もカリカリのためなら働くニャ」と心の中で宣言する。
とはいえ、今のところ彼女にできる仕事といえば、タカシの膝の上で丸くなって心を癒やすことくらいだ。
でもそれは、案外いちばん大事な仕事なのかもしれない。
翌朝、タカシはコーヒーを飲みながら家計簿アプリを見て「今月もなんとかプラスだ」と肩の力を抜いた。
ミルは窓辺で日向ぼっこをしながら、その言葉の意味を知らないまま、のんびりと毛づくろいをしている。
だが不思議なことに、タカシのため息の回数は、ここ最近少しだけ減っていた。
「インフレとか値上げとか、難しい言葉はよくわからないニャ。でも、タカシの笑う回数が増えて、カリカリの粒がちゃんと並んでいるなら、それで十分ニャ。」
ミルはそう心の中でつぶやき、尻尾をふわりと揺らした。
外の世界で数字がどれだけ動いても、ミルの小さな世界の幸せは、今日も皿の上にこんもりと盛られている。
いつかまたカリカリが値上がりする日も来るだろう。
だけどミルは、少しだけたくましくなった気がしていた。
「インフレが来ても、心までは値上げさせないニャ。」
そんな決意を胸に、ミルは今日もおかわりを要求するのだった。
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特売が終わったあと、ミルとタカシの家計とカリカリ事情がどうなっていくのか、よろしければ続きもお楽しみにください。


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