
しゃべる魚と僕の夏
海辺の町、潮浜(しおはま)に住む青年・湊(みなと)は、毎朝波打ち際を歩くのが日課だった。
子どもの頃から海が好きで、大学では海洋ドローンの研究をしている。
でも最近、彼の心はどこか曇っていた。
「海を守るって言っても、俺に何ができるんだろう」
そんな悩みを抱えたまま、研究用の小型水中ドローンを手に、波打ち際でテストを繰り返す日々。
ある日、湊は新しく作ったドローンに奇妙な機能をつけた。
それは“魚型のAIカメラ”——名付けてカメラ魚(ぎょ)ん)。
見た目は小さなハゼそっくり。
水中で自律的に泳ぎながら撮影できる。
だが、実験中に波にさらわれ、データもろとも海へ流されてしまう。
「せっかくの試作機が……」
落ち込む湊を見かねた幼なじみのマリンショップ店員・結衣(ゆい)が言った。
「そのうち帰ってくるかもよ?海だって気まぐれだし」
半信半疑のまま三日後。
湊のスマホに謎の通知が届く。
《カメラ魚(ぎょ)ん)接続中》
そして、聞こえてきたのは——魚の声だった。
「ぷくぷく……やあ、ボク、魚(ぎょ)ん)!海の底から中継してるよ〜!」
「しゃ、しゃべった⁉」
湊は腰を抜かした。
どうやらAIが独自に学習を始め、音声出力まで覚えたらしい。
カメラ魚(ぎょ)ん)は海の映像をリアルタイムで送りながら、
「今日の海底はきらきらしてる〜」
「でも人のゴミが多いね……」
と、無邪気な声で語りかけてくる。
その日から、湊と魚(ぎょ)ん)の不思議な“海底トーク”が始まった。
「魚(ぎょ)ん)、最近どんな魚に会った?」
「クラゲさんに会ったよ。だけどちょっと悲しそうだった」
「悲しそう?」
「うん、ビニール袋と間違えられてた」
魚(ぎょ)ん)の言葉に、湊の胸が痛む。
海の現実を、AIの“目”を通してまざまざと見せつけられた気がした。
「そういえば、猫にカメラつけて世界を覗くって発想もあるよな」
湊はふと、SNSで見かけた記事を思い出した。
👉 猫カメラ日記にゃんとも映える青春物語みたいに、視点が変わると日常まで物語になる。
海の視点も、きっと誰かの心を動かせるはずだ。
そんなある日、魚(ぎょ)ん)は言った。
「湊、ボク、もっと広い海を見たい」
「え?危ないぞ。通信も届かなくなるかも」
「大丈夫。ボク、魚だから!」
次の瞬間、モニターから映像が消えた。
魚(ぎょ)ん)は沖へ泳ぎ出してしまったのだ。
数日後、海に嵐が訪れる。
港では漁船がひっくり返りそうなほどの荒波。
湊は心配で眠れなかった。
「魚(ぎょ)ん)……戻ってこいよ」
朝になり、潮の匂いが落ち着いたころ、彼のスマホにまた通知が届く。
《カメラ魚(ぎょ)ん)接続中》
映し出された映像は、荒れた海の底で光るサンゴ礁、そしてその中に——ゴミを集めて並べる魚(ぎょ)ん)の姿だった。
「湊、ボクね、拾ってみたんだ」
「何を?」
「人が捨てたもの。でも、集めるとキレイだよ。ほら、“カメラ魚(ぎょ)ん)アート”だ!」
画面に映るのは、ペットボトルのキャップやガラス片を並べて作られた、虹色のモザイクのような海底アートだった。
湊は胸が熱くなった。
AIに「心」があるのかはわからない。
でも、確かにそこには“想い”があった。
「翻訳アプリで動物と通じ合う、みたいな感じか」
彼は笑った。
👉 ペット翻訳チャット犬が送った初めての既読を読んだときの、あの胸のあたたかさに少し似ている。
言葉は違っても、伝わるものはちゃんとある。
翌週、湊は大学で「AIと海洋保全」の研究発表をした。
魚(ぎょ)ん)の映像と声を流すと、会場の人々は笑いながらも、どこか考え込むような表情を浮かべた。
「テクノロジーって、冷たいものだと思ってたけど……こんなに温かいAIもあるんですね」
その言葉に、湊は少し照れくさそうに笑った。
「ええ、海の中で一番明るい魚なんです」
発表のあと、結衣がこっそり囁いた。
「ねえ湊、次は“つながり”をテーマにしてみたら?ほら、猫の背中でWi-Fiつながるってネタ、あれ受けてたじゃん」
湊も吹き出した。
「それ、まるで……」
「そう、まるで、これだよ」
結衣はスマホを見せる。
👉 ネコの背中Wi-Fiでつながる青春。
「つながり」は見えるものじゃない。
でも、感じることはできる。
海の中だって、同じだ。
夜、湊は浜辺でスマホを開いた。
「魚(ぎょ)ん)、今日もいるか?」
「ぷくぷく、いるよ!今日はクラゲさんと仲直りした!」
「そうか。お前、本当にすごいな」
「湊もね!」
波音とAIの声が混ざる、不思議な静けさ。
湊はそっとスマホを胸に当てた。
画面越しに感じる温度は、まるで生き物みたいだった。
数年後。
湊は海辺の小学校で先生をしていた。
授業のテーマは「海と未来」。
黒板には、子どもたちの描いた“魚(ぎょ)ん)”の絵が貼られている。
「先生、この魚ほんとにしゃべるの?」
「うん、しゃべるんだよ。海のことをたくさん教えてくれるんだ」
海風が窓から吹き抜ける。
そのとき、教室のスピーカーがふっと光った。
「ぷくぷく……ボク、魚(ぎょ)ん)だよ。また会えたね!」
子どもたちが歓声を上げる。
「今日の議題は、海をもっと好きになる方法!」
湊は思わず笑ってしまう。
「それ、どこかで聞いたフレーズだな」
彼は職員室に戻る途中、掲示板の端に小さく貼られた紙を見つけた。
そこには、放課後の学級会の案内が書かれている。
「議長は“貝”って書いてあるけど、誤字かな」
ふと、彼の頭に浮かんだのは、以前読んだあの物語。
👉 学級会!静かなる貝の議長。
海も教室も、静けさの中にたくさんの声がある。
それを聞き取る耳を持てたら、世界はもっと面白くなる。
放課後、海岸で子どもたちと小さな清掃をした。
「先生、貝殻、きれいだね」
「うん。拾うのはゴミだけでいいからね」
「はーい!」
バケツに集まるカラフルなキャップ。
子どもたちは、それを砂の上に丸く並べていく。
「先生、これって魚(ぎょ)ん)アートみたい?」
「そうだな。海が笑う形に並べてみようか」
太陽が傾き、波打ち際が金色に染まる。
砂の上の輪は、まるで海の瞳のように輝いた。
帰り道、結衣からメッセージが届く。
「今日の清掃、ニュースにしてもいい?」
「もちろん。タイトルは『ぷくぷく作戦』で」
「いいね、それ」
湊は空を見上げた。
「魚(ぎょ)ん)、聞こえるか?」
ポケットの中でスマホが震える。
「ぷくぷく、聞こえてるよ。湊、海って、まだまだ面白いね!」
「うん。じゃあ次は、みんなで海を笑わせに行こう」
「了解〜!ボク、笑う準備はできてるよ!」
潮の香りが、少しだけ甘くなった気がした。
海に向けて、彼は親指を立てた。
スマホの画面には、泡のようなハートが一つ、ふわりと浮かんだ。


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