
ミラノコルティナ2026冬季オリンピックの裏側で、誰にも知られていない“もう一つの競技”が始まっていた。
開会式よりも静かに、メダル予想よりも熱く、人の心を動かす戦いだった。
これは、どこにでもいる普通の大人が少しだけ前を向いた、笑えてちょっと沁みる物語。
ミラノコルティナ2026冬季オリンピックの開会式当日、私は日本の自宅リビングで正座していた。
理由は単純で、SNSに投稿する完璧なリアクションを撮るためだ。
最近は競技を見る前に「いいね」が取れる表情を作るのが先らしい。
コーヒーを飲みながらスマホを構え、私は自分の人生がいつからこんな大会になったのか少しだけ考えた。
開会式が始まると、SNSは「神演出」「鳥肌」「人生変わった」で埋め尽くされた。
私は少し遅れて「やばい…これは語彙が消える…」と投稿した。
すると3いいねがついた。
母と、母の友達と、知らない観葉植物アカウントだった。
私は少しだけ人間の社会を信じた。
最近は動物アカウントの方が人間より人生を楽しんでいる気がして、夜に読んだイヌフルエンサーが語るバズり疲れと癒しの散歩道の記事を思い出した。
バズっても散歩は必要という真理に、なぜか私は救われていた。
数日後、私はメダル予想の投稿を作り始めた。
専門知識はゼロだが、空気を読む力だけはある。
「今年は努力が報われる年」みたいな曖昧な文章を書いておけば、だいたい共感される。
するとフォロワーの一人がコメントした。
「自分、努力してるのに結果出ません」。
私は返事に30分悩んだ。
その間、現実逃避でハムスタグラム疲れ いいねに追われた日々を読み返していた。
小さな命ですら数字に追われる世界で、私は少しだけ肩の力が抜けた。
最終的に「それでも前に進んでるのすごいです」と送った。
すると「救われました」と返ってきた。
私はスマホを置いて、少しだけ天井を見た。
オリンピックって、もしかしてこういう瞬間の集合体なのかもしれないと思った。
その夜、私は夢を見た。
ミラノの街を歩いている夢だった。
そこには有名選手もスターもいなくて、代わりに普通の人たちがいた。
失敗して笑う人。
転んで立ち上がる人。
誰にも気づかれない努力を続けている人。
私はその人たちに向かって拍手していた。
すると誰かが言った。
「メダルは首にかけるだけじゃない」。
目が覚めたとき、私はなぜか少し元気になっていた。
その日から私はSNSの投稿を少しだけ変えた。
完璧なリアクションをやめた。
代わりに、ちょっと失敗した話や、笑えた出来事を書くようにした。
すると不思議なことに、いいねは少し減った。
でもコメントは増えた。
「わかる」「自分も同じ」「元気出た」。
私は初めて、数字じゃない温度を感じた。
ミラノコルティナ2026冬季オリンピックが終わる頃、私は思った。
開会式の派手さも、メダル予想の盛り上がりも楽しい。
でもそれ以上に、人は誰かの言葉で少しだけ前に進める。
たぶん人生は、順位じゃなくて継続だ。
そして私は今日も、ちょっとだけ前に進む。
SNSに投稿しながら、コーヒーを飲みながら、たまに自分を褒めながら。
たぶんそれが、私にとっての金メダルだと思う。
もしこの物語に少しでも共感したら、次の記事も読んでみてください。
日常をちょっと楽にする話や、クスッと笑える物語をこれからも発信しています。
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