
光る小石と主婦魂の朝ドラ
朝6時45分。
沙織(38歳・主婦)は、今日もゴミ捨て場の前で腕を組んでいた。
「……またやられた。」
黒いゴミ袋が見事に裂け、中身が“アート”のように散乱している。
まるでピカソもびっくりの“ゴミの抽象画”。
犯人はわかっている。
電線の上で得意げに鳴く二羽のカラスだ。
「アンタたち、今日も芸術活動お疲れさまね」
カラスたちは「カァッ」と返し、どこか勝ち誇った顔。
(※たぶんそう見えただけだが、主婦の勘は鋭い)
夫に愚痴ると「ネットかけろよ」と一言。
だが、沙織のプライドがそれを許さない。
「ネットなんて負け宣言みたいなもんでしょ!」
——こうして、主婦VSカラスの静かな戦いが始まった。
まず沙織は、ゴミ袋をダブルで重ねて出した。
結果:5分で敗北。
次に、防犯スプレー型の“カラス避け芳香剤”を導入。
結果:夫に「くせぇ」と怒られ撤去。
ついでに近所の“片付け指導が趣味”の奥さんに会い、
「最近はエコが大事よ」と説教された。
心の中で「あなた、もしかしてエコバッグ警察 ニャかにはエコバッグを入れておく事件の本部長ですか」とつぶやく。
そして迎えた第3ラウンドの朝。
ゴミ袋は無事だった。
……代わりに、袋の上にピカピカ光る小石が置かれていた。
「なにこれ、挑発状?それとも“お詫び”?」
沙織は手に取ってみた。
丸くてつるつる。
まるで“ごめんなさい玉”。
思わず笑いが漏れた。
「石で謝るってことは……あれね、まさかの一石二鳥!AIが考えた小説 – 空からの襲来を狙ってる?私を笑わせて、ついでに和解もする作戦?」
その翌日から、毎朝“置きみやげ”が増えていった。
ビー玉、ネジ、ボタン、果ては息子の忘れた工作パーツまで。
「まさかアンタたち、リサイクル活動してるつもりじゃないでしょうね?」
夫が苦笑しながら言った。
「お前、もう完全にカラスと文通してるな。」
沙織は思った。
——いや、もしかしてこれは“和解のサイン”?
翌朝。
沙織は試しに、パンの耳を一切れフェンスの端に置いた。
すぐにやってきた黒い影が、それを器用についばみ、
……なんと、袋の上に“スプーン”を置いていった。
「スプーンて!センス独特すぎるでしょ!」
その後も、置きみやげはエスカレート。
日替わりで“ペットボトルのキャップ”“光るネジ”“謎のイヤリング片方”。
町内会の人たちも噂し始めた。
「最近ゴミ置き場がちょっとキラキラしてない?」
「カラスがアーティスト化してる」
ついには、子どもたちが“朝の宝探しタイム”と呼び出す始末。
ゴミ捨て場が地域の人気スポットになる日が来るなんて、誰が想像しただろう。
そんなある日、ママ友のさちこが言った。
「うちの猫、最近カフェでバイトしてる設定で写真撮っててね」
「設定が渋すぎる」
「今度一緒に行かない?ほら、猫カフェで大事件⁉️ 伝説の猫がやらかしたって、写真の撮りがいあるじゃない」
「うちのカラスに嫉妬されないかな」
さらに沙織の妄想は広がる。
「カラス語が翻訳できたら、もっと平和になるのに」
検索窓に“カラス 翻訳”と打ちかけて、ふと笑う。
「いや待って、人類はまだ猫語も難しい」
でも頭のどこかで、ペット翻訳チャット犬が送った初めての既読みたいな世界が来る気もする。
そのときは“ごめんね玉”の正式名称を教えてほしい。
そしてある朝。
いつものようにゴミを出した沙織の目の前で、カラスの一羽が降り立った。
嘴には、光る“ガラス玉”。
沙織が見つめると、カラスは胸を張ってコロンとそれを置いた。
「……え、今日のは本気で綺麗じゃん」
反射的に「ありがと」と言うと、カラスは「カァ」と返して飛び去った。
なぜか心の中に“勝ち負けじゃない何か”が残った。
その日の午後、夫が帰宅して言った。
「おい、ニュース見たか?最近“恩返しカラス”が話題だって」
「……いや、それうちの子たちだと思う」
「は?子たちって……お前、名前とか付けてないよな?」
沙織は気まずく笑った。
「“カラ夫”と“スー子”だけ」
夫は頭を抱えたが、娘は笑って言った。
「ママ、カラ夫からのプレゼント箱作ろうよ!」
こうして、リビングには“カラスからの置きみやげコレクション”が設置された。
今では家族の小さな話題の中心になっている。
その帰り道、娘が言う。
「ねえママ、今度は公園で散歩配信しようよ。カラ夫のこと、みんなに紹介したい!」
「散歩って、カラスは自由参加よ?」
「じゃあ、ママは公園のベンチから実況して!」
——なんだか、あの話題のリモートペット散歩でまさかのバズり犬みたいになってきた。
思わず笑ってしまう。
青空の下でカラスが羽ばたくたび、
「ありがとう」と「また明日」が風に混じって聞こえる気がした。
仁義なきゴミバトルは——今日も穏やかに続くのだった。


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